・過敏性腸症候群(IBS)とは
過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome、以下IBS)は、腸の検査をしてもただれや腫瘍などが認められないにもかかわらず、慢性的に腹部の張りや不快感、腹痛を訴え、下痢や便秘などの便通の異常を繰り返す疾患のことです。基本IBSは原則として大腸内視鏡検査で腸に異常がないこと(器質的疾患を除外)を確認した上で診断が為されるということにあります。
日本における有病率(人口中、その病気を持っている割合)は10~20%と報告されています。社会の複雑化、ストレスの増加に伴い、その症状で悩む人が多くなっています。男性より女性に多く、年代別では思春期から壮年期までみられ、20~40歳代に発症します。男性は下痢型が多く、女性は便秘型、あるいは下痢と便秘を繰り返す混合型が多く、発症時には何らかのストレスが関わっていることが多いようです。
ネットで検索するとさまざまな情報が入手できるため、検査をしないで「自分はきっとIBSだ」と自己判断する人や、「ストレス性」というところにばかり目が行き心療内科などを受診する人が若い世代で増えていて、実は大腸がんや潰瘍性大腸炎、クローン病だったというケースも少なからず報告されています。
特に40歳以上の方が自己判断し、医療機関を受診しないと大腸がんが見過ごされることもあるので注意が必要です。日常的にストレスを抱えていて、下痢や便秘を繰り返しているということだけを理由に、安易に自己判断することがもっとも危険です。たしかに、原因にはストレスなどメンタル面の影響があることが考えられますが、まずは胃腸を専門とする消化器内科の医師に相談し、その症状に向き合うことが正しい診断のためにも重要なことだといえます。
・過敏性腸症候群(IBS)の症状
IBSは、その症状の現れ方から大きく下痢型・便秘型・混合型という3つに分けられます。外来においては男性、特に40歳以下の若い世代で下痢型が多く、女性の場合には年代問わず便秘型が多い傾向にあります。下痢と便秘を繰り返す混合型は前者2つの型に比べると少ないといえます。
腸の働きは通常、便が下りてきたときにその便を通過させるために規則正しく動いて便を押し出していくのですが、下痢型のIBSの場合、便が下りているわけでもないのに腸だけが不規則に動くのが特徴です。また「下痢になってしまうのではないか」というプレッシャーそのものがストレスとなり、腸の不規則運動を誘発するという悪循環もあります。「脳腸相関」という言葉があり、脳と腸は密接に関連しています。心配なことや重要なイベントが控えていると、自律神経に異常をきたして腸が自分の意思にかかわらず動くことがあると考えられています。「過敏性」という病名から、まずは下痢型を想像する方も多いと思いますが、便秘もこの病気の特徴的なものです。便秘型は、逆に腸の動きが鈍くなり、便を通過させるために必要な蠕動(ぜんどう) 運動が低下し、便を押し出す力が弱くなるのが特徴です。一般的に女性に便秘型が多い理由は、はっきりとは分かっていませんが、生理周期などホルモンが関わっているのではないかと考えられています。IBSと思い込んでいたら実は婦人科系疾患が隠れていたということもあるので、これも安易な決めつけや自己判断は禁物です。
・過敏性腸症候群(IBS)の原因
IBSの発病あるいは症状が悪くなる原因には、身体的、精神的ストレスが大きく関与しています。生まれつきの性格、あるいは育った環境により病気のもとが形成され、腸が敏感になったりします。そこに身体的、精神的ストレスが加わり、腸の機能異常が発生します。腸が痙攣して過剰に収縮し、ゆるむことができなくなり、運動の異常が生じます。また、脳および腸の感覚が敏感となり、感覚の異常が発生します。運動の異常と感覚の異常から過敏性症候群の症状がでると考えられています。
まずは生活習慣の改善が必要となります。ストレスが原因とみられる場合は、その原因をはっきりさせてストレスを緩和することが最善です。
また食生活の乱れは、IBS発症にかなり強い相関関係があるので、IBS治療の第一歩が食事指導を含めた生活習慣改善と位置づけられています。正常な便を生成できる食事量をしっかり摂り、偏りのない食事内容を心がけることが大切です。
・過敏性腸症候群(IBS)の診断と検査
IBSは、慢性的に腹痛と排便の異常が持続することと、器質的疾患(臓器や組織の異常が原因で症状が現れる)が除外されることにより診断されます。国際的な診断基準としては、症状を中心とした2016年にできたRomeⅣ診断基準が広く用いられています。
<RomeⅣ診断基準>
下記の1ないし2項目以上を伴う繰り返す腹痛が、直近の3カ月間、平均少なくとも週に1回以上認められる。
- 排便と関連する
- 排便の頻度の変化と関係する
- 便の形状の変化と関係する
さらに便の状態により、①便秘型 ②下痢型 ③混合型 ④分類不能型に分類されます。診断では、症状を詳しく聞くことが重要となります。著しい体重減少がある場合、あるいはおなかの診察で異常所見がある場合は、注意すべき徴候として大腸がんなどの器質的疾患の除外を慎重に行う必要があります。
器質的疾患の除外には、大腸内視鏡検査が最も有効です。スクリーニング検査としては、便潜血反応検査も有用です。大腸ポリープや大腸癌などの大腸腫瘍性病変、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患では出血が持続するため便潜血反応では陽性を示します。甲状腺機能異常、膵臓疾患なども腹部症状と便通異常をきたすことがあり、血液検査や尿検査も必要な検査といえます。
高齢などの理由で大腸内視鏡検査の実施が難しい人には、CT検査のみを行い、大きな病変がないか確認することもあります。このほか、原因は異なるのですがIBSと非常によく似た症状の小腸内細菌異常増殖症(SIBO:小腸内で通常よりも多くの細菌が増殖)という病気があるので、いずれにしても消化器専門医による適切な検査が必要となります。
・過敏性腸症候群(IBS)の治療法
IBSの治療には……
- 病態を理解すること。なぜ今の症状が出ているかを理解することが治療の第一歩となります。
—————- - 生活の改善。規則正しい生活が排便のリズムを作ります。
—————- - 食事による治療。便秘型の場合には、線維の多い食物の摂取を勧めます。下痢型の場合は、消化のよいもの、油っぽくないものを勧めます。
—————- - 薬による治療。主となる症状に応じて効果が期待できる薬を選択します。
- 下痢型、便秘型、混合型にも効果が期待できるのが、便の水分量を調節するポリカルボフィルカルシウム(製品名:ポリフル、コロネル)です。
- 下痢型の場合には、セロトニン受容体拮抗薬である塩酸ラモセトロン(製品名:イリボー)が有用です。
- 便秘型の場合は、リナクロチド(製品名:リンゼス)が有効です。
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- 心理療法。外来で症状を詳しく話すことが大切です。また100点をめざすのではなく75点をめざす75点主義の考え方や、1日20~30分間外を歩くことも症状の改善につながります。
以上、医師が治療を考えるにあたって5つの柱となるものがあります。
・最後に……
IBSの症状を完治させることはむずかしく、症状をコントロールするように心がけることが重要だといえます。また、IBSは直接死に至る病気ではありませんが、その症状による生活の質(QOL)の低下は著しいといわれており、IBSと上手くつきあっていくことが大切です。IBSの症状でお悩みの方は一度専門の先生に相談してみてください。
参照:一般社団法人日本大腸肛門学会の「過敏性腸症候群について」