ニューロダイバーシティについて

 ニューロダイバーシティとは何か

ニューロダイバーシティ(Neurodiversity、神経多様性)とは、Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)という言葉が組み合わさって生まれた、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方です。
特に、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害といった発達障害において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく、『人間のゲノムの自然で正常な変異』として捉える概念です。
つまり神経学的少数派であるニューロマイノリティも、ジェンダー・人種・障害と同じように、一つのカテゴリーとして尊重されるべきことだと考えられています。企業や社会が脳の多様性を正しく理解し、当事者の特性がプラスに発揮させる社会の実現を目指す社会運動とも解されます。
この言葉は、1990年代にオーストラリアの社会学者ジュディ・シンガーが提唱したものです。本人自身や家族が当事者であると公表するシンガーは、彼らが社会で誤解され、低く評価されている状況に危機感を抱いていました。そこで、社会的不平等や差別を知ってもらう社会運動のために、neuro(神経)とdiversity(多様性)を掛け合わせ、ニューロダイバーシティという概念が生み出されました。

〇発達障害の主な種類と特性、強み
種類 主な特性 先行研究で示唆された強み
自閉スペク
トラム症
(ASD)
● コミュニケーションの障害
● 対人関係・社会性の障害
● パターン化した行動、こだわり、興味・関心のかたより
● (アスペルガー症候群の場合)言語発達に比べ、不器用
● (自閉症の場合)言葉の発達の遅れ
● 細部への注意力が高く、情報処理と視覚に長けており、仕事で高い精度と技術的能力を示す
● 論理的思考に長けており、データに基づきボトムアップで考えることに長けている
● 集中力が高く、正確さを長時間持続できる
● 知識や専門技能を習得・維持する能力が高い
● 時間に正確で、献身的で、忠実なことが多い
注意欠如・
多動症
(ADHD)
● 不注意(集中できない)
● 多動・多弁
(じっとしていられない)
● 衝動的に行動する
(考えるよりも先に動く)
● リスクを取り、新たな領域へ挑戦することを好む
● 洞察力、創造的思考力、問題解決力が高い
● マルチタスクをこなし、環境や仕事上の要求の変化に対応する能力が高い
● 精神的な刺激を求め続け、プレッシャーのかかる状況でも極めて冷静に行動できる
● 刺激的な仕事に極度に高い集中力を発揮する
学習障害
(LD)
● 「読む」、「書く」、「計算する」等の能力が、全体的な知的発達に比べて極端に苦手 ● 脳が視覚処理に長けており、イメージで捉える傾向が強く、より多角的に物事を考えられる
● アイデアを繋げて全体像を把握する能力に長けており、データのパターンや傾向を見抜くこと、洞察力や問題解決能力に長けている
● 異なる分野の情報を組み合わせることに長けており、発明や独創的思考ができ

あくまでも脳の多様性なので、ASD、ADHD、LDのそれぞれにおいても、類似する傾向はありながら特性はもちろん多様であると考えられており、記載しているものは多様な可能性の一例にすぎません。

 ニューロダイバーシティが注目されるわけ

発達障害の当事者は、コミュニケーションや対人関係を特に苦手とします。目を見て話すことや場の空気を読むこと、「ほどほど」のところに留めておくこと、また条件が揃わないと集中力が続かなかったりすることもあるため、その能力を十分に発揮するには、周囲の支援や配慮が必要だと言われています。聴覚への刺激過多を防ぐために、イヤーマフの装着を認めるのは、その典型例だといえます。社会一般で求められる「普通」が、就労を阻むだけでなく、世間の無知が本人たちに生きづらさを加速させています。
しかし一方で、一部の人は非常に高い集中力を持ち、興味のあるジャンルについては高い専門性や知識を兼ね備えていることも知られていのも事実です。例えば、発達障害のある人が持つ特性(発達特性)は、パターン認識、記憶、数学といった分野の特殊な能力と表裏一体である可能性が、最近の研究では示されています。特にデータアナリティクスやITサービス開発といったデジタル分野の業務では、ニューロダイバースな人材の特性とうまく適合する可能性が指摘されています。
このようにニューロダイバースな人材は、企業がこれまで積極的に採用してこなかった「未開拓人材」として、特に急成長しているデジタル分野に親和性の高い人材として、注目を集めています。一定の配慮や支援を提供することで「発達障害のある方に、その特性を活かして自社の戦力となってもらう」ことを目的としたニューロダイバーシティへの取り組みは、デジタル化が加速する世界において、大いに注目すべき成長戦略だと言えるのではないでしょうか。
ニューロダイバーシティは彼らのポジティブな側面を、職場や社会でどのように生かせるかに焦点が置かれるようになってきています。採用プロセスや職場での理解、特性に合ったポジションなど、当事者に公平な機会を提供し、各々の特性を最大限発揮できる環境を整える機運が高まっています。企業には優秀な人材の確保、当事者には仕事と理解ある職場が得られるwin-winな施策として、欧米ではすでにさまざまな企業が積極的に取り組んでいます。

 ビジネスで評価されるこれまでの流れ

ニューロダイバーシティは、今や多くの大手企業で関連する取り組みが行われています。グローバルの取り組みのきっかけとなったのは、スペシャリステルネ(デンマーク)という企業です。スペシャリステルネの創業者である、トルキル・ゾンネが、自閉症のある方にソフトウェアテスターの適性があることに着目し、自閉症を持つ人材を競争力として、ソフトウェアテストコンサルティング業を開業したのが始まりです。
医学的な検証がなされている段階ではないものの、実際に、自閉症のある人材が行うソフトウェアテスターとしての業務の品質の高さが評価され、ハーバードビジネススクールで企業の事例としても紹介されるなど、話題となりました。
こういった動きに大手企業が着目し、まず世界的なIT企業である、SAPやヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)などが、スペシャリステルネから自閉症のある人材の採用ノウハウなどのコンサルテーションを受けながら、自社の人材の採用に応用するようになります。これを皮切りに、現在までに、マイクロソフトなどの他のIT企業や金融業、製造業にまで、活動が広がっています。
これらの活動は、国際的なIT人材不足を補う可能性のあるものとして、Harvard Business ReviewやThe Wall Street Journalなどの世界的なビジネス誌で取り上げられ、近年一段と注目を増しています。これに伴い、女性活躍やLGBTQ+などと同様に、グローバル企業のダイバーシティ&インクルージョンの取り組みの一つとして認識され、既に、先行企業のノウハウを整理した資料なども流通しており、各企業人事の関心も高まっています。

〇海外におけるニューロダイバーシティの話題性
Harvard
Business
Review
ニューロ
ダイバーシティ:
「脳の多様性」が
競争力を生む
●ニューロダイバースな人材を取り込む(中略)動きは有名企業に広がりつつある
●実際、これらの特性を持つ人材は特定の能力が非常に優れており、生産性、品質、革新性の向上など、企業に多種多様な恩恵を生み始めている
●HPE(中略) は、これほど多種多様な恩恵を生む施策は社内で他にないと述べている

The Wall
Street
Journal
AIめぐる
人材争奪戦、
自閉症者に
熱い視線
●人工知能の人材を求めて奔走する企業は、自閉症のある人々という珍しいリソースを活用している。
●自閉症のある人は集中力が高く、高度な分析的思考ができ、テクノロジーにも非常に長けていることが多い。AIの反復作業を長時間行っても、興味を失わない人が多い
●論理的推論やパターン認識の能力が高く、AIモデルの開発やテストを体系的に行うことができる人もいる
Reuters 自閉症を
「IT戦力」に、
米就労支援の
最前線
●2024年までに110万件のコンピューター関連の求人が出ると見込まれているが、米国の卒業率はそのニーズに追いつかない
●世界全体で推定7,000万人とも言われる自閉症のある人々のうち、約8割が無職もしくは著しく能力以下の仕事に従事していることを考えると、この「ニューロ・ダイバーシティ」層には大きな可能性がある
〇海外におけるニューロダイバーシティ先進取組企業の例

企業名 取り組みの概要
IT スペシャリステルネ 2004年、自閉症のある人材をソフトウェアテスターとして雇用し、ソフトウェアテストコンサルティング業を創業。独自に開発した自閉症者雇用プログラムを他社に展開。
SAP 2011年より、世界に先駆け自閉症者雇用プログラムであるSAP Autism at Workを開始。インターンシップ型の採用プログラムにより、ソフトウェア開発者を含め幅広い職域にて雇用を推進。
ヒューレット・パッカードエンタープライズ(HPE) 2014年頃より、自閉症雇用プログラムであるThe dandelion Programを開始。16週間に及ぶ面接やトレーニングを含む採用プロセスにより、ソフトウェアテストエンジニアとして雇用。
マイクロソフト 2015年より、米国において自閉症雇用プログラムであるMicrosoft Autism Hiring Programを開始。従来の採用とは異なり、作業性、チームプロジェクト、スキル等多面的な評価を行う採用プロセスを設計。
IBM 2017年より、自閉症者雇用プログラムであるIGNITE Autism Spectrum Disorder (ASD)を開始。 ソフトウェア開発、品質保証、設計者などの職域を中心に雇用。
グーグル 2021年に、自閉症者キャリアプログラムGoogle Cloud’s Autism Career Programを開始。スタンフォード大学との採用プロジェクトにより、採用プロセスの再設計や管理職などのトレーニングを実施。

JPモルガン・チェース
・アンド・カンパニー
2015年から自閉症者雇用プログラムをスタート。ソフトウェアエンジニアリング、アプリ開発、品質保証、技術運用、ビジネス分析に加え、パーソナルバンカーとしての雇用も実施。
ザ・ゴールドマン・サックス・グループ・インク 2019年より、自閉症、ADHD等の発達障害者雇用プログラムを強化。メンタリングや専門能力開発トレーニングを含むインターンシッププログラムの提供を開始。

フォード・モーター
・カンパニー
2016年より、自閉症者雇用プログラムFord Inclusive Pilot Programを実施。同プログラムでは、製品開発部門で自閉症のある方をパイロット的に雇用し、業務適合性がある場合は本採用に進むスキームを構築。
キャタピラー 2016年より、自閉症研究基金(NFAR)と共に自閉症者に向けたソフトウェアテスター職のインターンシッププログラムを開発。Autism Learning Centerを設立し、プログラミング教育の場を提供。
デル 2018年より、自閉症リソースセンターと連携し自閉症者雇用プログラムを開始。2週間のスキル評価と12週間のインターンを経て、適合性のある参加者はフルタイムの従業員として雇用機会が得られる。
プロクター・アンド
・ギャンブル(P&G)
2019年より、自閉症のある方を対象として採用活動を強化。ソフトウェアソリューションに関わる業務に加え、フルタイム雇用でのマネージャー職での雇用も行っている。

ロシュ・ファーマシューティカルズ 臨床開発部門への雇用プログラムNeurodiversity@Work を開始。
スペシャリステルネと共に、発達障害者向けの採用プロセスを設計し、同プログラムへ活用。
アステラス
ファーマ US
非営利企業Aspiritechと協業。Aspiritechへ発達障害人材によるソフトウェアテスト、品質保証サービスを依頼。
2020年に、AspiritechはNeurodiversity Awardを受賞。

 ニューロダイバーシティに取り組むべき理由

ニューロダイバーシティに取り組むことが成長戦略であると言える理由は、主に3つあります。この3つは、海外で先行して取り組む企業が増える中で、いずれも成果と共に明らかになってきています。

〇企業が発達障害のある人材を積極的に雇用する3つの理由
人材獲得競争
の優位性
● IT人材を始めとした、未開拓の才能ある人材の獲得例)「マイクロソフトの自閉用雇用プラグラムで獲得した人材の約50%は、過去に同社に応募し不採用になっていた。」 ―Autism at Work Playbookよりー
生産性の向上
・イノベーションへの
貢献
● 雇用した発達障害人材のグループによる、品質・生産性の向上
● 他の社員のエンゲージメントの向上や退職率の低減
● 多様性によるイノベーションへの貢献
社会的責任 ● SDGsへの貢献
● 引きこもりからの社会参加や所得増による、GDPや税収への社会経済インパクトの大きさ

以下では、特に「人材獲得競争の優位性」と「生産性の向上・イノベーションへの貢献」についての2つに絞って説明します。

 人材獲得競争の優位性

スペシャリステルネの取り組みが始まったころから今日に至るまで、多くの取組んだ企業は、発達障害のある人のデジタル分野との親和性に一様に着目しています。そして、発達障害のある人材に注目が集まるもうひとつの理由は、彼らがこれまで企業が十分には採用できていなかった「未開拓」の人材である点です。
発達障害のある人の中には、相手の目を見て話すことや他人との会話を積極的に進めることが不得手な方が多くいます。このようにコミュニケーションに苦手を抱えている場合、従来の面接を中心とする採用方法では、彼らの強みや能力は企業に伝わりにくくなります。結果として、企業は面接で彼らのポテンシャルを測ることができず、発達障害のある人材は採用から漏れてしまいます。 ロイター社の記事では「世界全体で推定7,000万人とも言われる自閉症のある人々のうち、約8割が無職もしくは著しく能力以下の仕事に従事している」とあり、日本においても発達障害のある方の就職率は、障害者全体に比べても低いのが現状です。今日では発達障害のある人材をIT人材として積極的に雇用しているマイクロソフトにおいても、自閉症者雇用プログラムを開始したことで「マイクロソフトの自閉症者雇用プラグラムで獲得した人材の約50%は、過去に同社に応募し不採用になっていた」ことが明らかになっています。
現在では、マイクロソフトやSAPなどのIT企業、さらにはアーンスト・アンド・ヤングやJPモルガン・チェース・アンド・カンパニーといった幅広い企業が、自社の雇用需要を満たす未開拓人材の獲得を期待してニューロダイバーシティへの取り組みを始めています。実際にこれまで見出せなかった・採用から漏れてしまっていた、能力ある人材の獲得に成功しています。例えば、マイクロソフトでは、ニューロダイバーシティに特化した雇用プログラムを開始してから5年間で、大学でデジタル分野の専門課程を修めた170名の発達障害のある人材を雇用し、その中からはOfficeやXboxといった主力製品を扱うエンジニアも生まれています。日本においても、配慮や支援を提供することで、発達障害のある方の能力を引き出し、高いパフォーマンスを発揮する人材を獲得することに成功している企業があります。

〇日本企業の人材獲得成果事例

• ゲームが好きな元フリーター・元ひきこもりの人材を積極採用し、訓練と合理的配慮を提供して育成することで、「並外れた集中力」、「目標達成への執念」、「強い正義感」といった適性を持つ彼らに、特異能力を持つスペシャリストとして高いパフォーマンスを発揮してもらうことに成功。マイクロソフトからXbox 360®のデバッグ業務を受注した際は、マイクロソフトのエンジニアが特定できなかった多数のバグを特定。エキスパートとしてスペシャリティを確立し、顧客から指名される人材も登場(デジタルハーツ)
• デジタル業務に発達障害のある人材を雇用したところ、スキルアップに取り組む集中力が非常に高く、高度な専門性を獲得することに成功し、本社IT部門へ出向する人材まで登場(サザビーリーグHR)

このように、採用から漏れていた、デジタル分野に親和性の高い「未開拓」の人材が、昨今の急速なデジタル化を受けて、IT人材のブルーオーシャンとして注目を集めることは、必然なことです。
IT人材の不足は、国内外問わず、喫緊の課題となっています。ロイター社は「2024年までに110万件のコンピューター関連の求人が出ると見込まれているが、米国の卒業率はそのニーズに追いつかない」と述べています。同様の状況が日本でも見込まれています。
日本では、2060年までに生産年齢人口が約35%減少し、成長市場であるIT業界では2030年時点でIT人材が需要に対して約79万人不足するという試算も出ています。
企業が今後着目すべき「未開拓」の人材は日本にも豊富に存在しており、IT人材の不足を解消し、デジタル化が急速に進む世界において持続的に成長するための戦略として、発達障害のある方をIT人材として新たに雇用することは可能性が大いにあると言えます。

 生産性の向上・イノベーションへの貢献

人材獲得の優位性と並んで着目すべきなのは、「生産性の向上、イノベーションへの貢献」ではないでしょうか。ダイバーシティはよく、生産性やイノベーションと共に語られますが、ニューロダイバーシティの場合は、既に取り組んでいる企業において実際の成果として現れています。
ニューロダイバーシティの発端であるスペシャリステルネでも、発達障害のある方が行う業務の品質の高さが評価されたことが、話題を呼ぶきっかけになりました。このような生産性の向上やエラーの減少といった成果は、後続の企業でも確認されています。
Harvard Business Reviewでも、「ニューロダイバースなチームは、そうでないチームに比べ、約30%効率性が高い」「障害を持つ同僚の《仲間》またはメンターとして行動する《バディシステム》を実装している組織では、収益性は16%、生産性は18%、顧客ロイヤリティは12%上昇している」といった報告が出ています。加えて、ニューロダイバーシティに取り組むことによって、発達障害のある方のみならず、以前から雇用されている社員においても、エンゲージメント(※)の向上や退職率低減にポジティブな影響が出ているといった報告もあります。SAPでは、エンゲージメントが1%改善すると、年間約50億円のインパクトがあるとも試算されており、企業経営に大きな影響力を持つ取り組みと言えるでしょう。

※エンゲージメント

従業員の企業への信頼性や企業に対する貢献意欲・姿勢を指す。エンゲージメントを高めると、従業員の主体性の向上、企業業績の向上、顧客満足度の向上、退職率の低下などの効果が生じるとされている。

日本国内でも発達障害のある人材のパフォーマンスが、品質向上や生産性向上に繋がったという成果や、発達障害を含む障害のある人材がいるからこそイノベーションが創出されたという事例が生まれています。

〇日本企業の品質・生産性向上成果事例

• 専門業者も見つけられなかった不具合を発達障害のある社員が発見する等、高いパフォーマンスを発揮し、デバッグ業務の品質の高さが評価されている(ヤフー、デジタルハーツ、デジタルハーツプラス等)
• この背景にあるのは、発達障害のある人材が持つ、長時間集中し続ける力、手を抜かない真面目さ、探究力の強さであると、企業担当者は分析している(ヤフー)
• 発達障害のある社員が一般雇用社員よりも2~3割高い業務効率を発揮し、生産性向上に貢献している(某企業)

このように、「ニューロダイバーシティへの取り組みはイノベーションや生産性に寄与する」ということが、数多の企業で成果として現れてきています。

 ニューロダイバーシティに取り組む方法

ニューロダイバーシティに取り組むことが、企業にとってイノベーション創出・生産性向上に資することは、先に記載の通りです。ではニューロダイバーシティに取り組むにあたり、企業はどのような状態を目指すべきか、またその状態に至るための方法について紹介します。

 企業が目指すべき姿

企業がニューロダイバーシティを実現した姿とは、発達障害のある方が一般雇用部門において、発達障害があることを理解された上で、能力評価に基づいて受け入れられ、現在一般雇用部門で働いている人材と同等に戦力として期待され活躍している状態だと言えます。
一方、外資系を除く多くの日本企業の現状としては、発達障害のある方は一般雇用部門には少なく、特例子会社や障害者雇用部門といった組織に独立して配置され、いわゆる定型業務(清掃、郵便、印刷などの比較的平易な業務)に従事しているケースが多くあります。このため、突然、採用・支援体制を構築し、一般雇用部門において一般雇用枠の社員と同等の業務に発達障害のある方を従事させるのは難しい、というケースも想定されます。
そこで、途中段階として特例子会社や障害者雇用部門を設けて、一般雇用部門と同等の業務に発達障害のある方を従事させつつ、採用・受入・定着の経験・ナレッジを集中的に蓄積してから、徐々に一般雇用部門での雇用に移行する、という選択肢も有効であると考えます。
よって、最終的なゴールは、一般雇用部門で発達障害のある方が一般業務に従事している状態、短期的なゴールは、組織形態に依らず「発達障害のある方が一般業務に従事している状態」とするのが適切と言えるでしょう。

 取り組みの5ステップ

発達障害のある方を一般業務に雇用し活躍を引き出すまでには、5つのステップを実践する必要があります。

〇ニューロダイバーシティに取り組むための5ステップ
Step 概要 このステップで達成すべき目標
①取組開始の社内合意 • 発達障害のある方を一般業務で雇用する必要性や目的、見込まれる効果を整理し、社内で合意を取る • 担当部署を明確にする
• 取り組みの目的を、企業の事業や機能を強化する成長戦略の一部に位置づける
• 社内の役職者と合意を取り付ける
②体制・計画づくり • 協力部署、支援機関等の外部機関を決定し、連携体制を構築する
• 採用目標、職域、待遇を設定する
• 役職者や協力部署との継続的な連携体制を構築する
• 採用目標と職務内容を明確にする
• 可能な限り一般雇用と同等の待遇とする
③採用 • 発達障害のある方に対し募集をかけ、選考において評価し、採用を決定する • 発達障害の特性を理解し踏まえた上で、採りたい人材要件を明確にする
• 発達障害の特性を理解し踏まえた上で、能力を正しく評価する視点や基準を定める
④受入れ • 採用した人材に支援や訓練を提供する
• 受入れ部署側の教育や啓発を行う
• 安定して活躍できる状態を維持する
• 継続的に育成する方法を定める
• マネジメント層、同僚等に発達障害のある方と働く意義・必要性について納得を得て、受け入れてもらう
⑤定着・キャリア開発 • 採用した人材を継続的にモニタリングし、中長期的キャリアを描き、導く • 目標とするキャリアパスを定める
• キャリアパスの検討方法を決定する

なお、一か所に集約して雇用する『集合型雇用』と、現行の一般雇用と同様に様々な一般雇用部門の部署に配属して雇用する『分散型雇用』の、どちらを選択するか迷う場合、それぞれのメリットとデメリットを参照し、どちらを選択した方が自社にとって高い付加価値が生まれるか検討してみてください。

〇「集合型雇用」と「分散型雇用」の定義と、ニューロダイバーシティに取り組む上でのメリット・デメリット
  分散型雇用 集合型雇用
定義 • 障害のある方も現行の一般雇用枠社員と同様に様々な一般雇用部門の部署に配属して雇用する方法である(雇用場所が分散するため、分散型と呼称)
• 一部では、発達障害のある方の特性に配慮しつつ適正に能力を評価するために、一般雇用で用いる採用プロセスを発達障害のある方向けに改変しているケースもある
• 障害のある方を特例子会社や障害者雇用部門などの特定の組織・部門に集約させて雇用する方法である
• 一部には、本社や一般雇用部門に出向いて一般雇用の人材と共に働くケースもある
メリット •物理的、制度的に一般雇用との距離が近い
•一般雇用に同一かそれに近い人事制度・キャリアパスを設計しやすい
•特例子会社の設立要件によらず、自由な制度設計ができる
•障害のある方に合う雇用形式や人事制度を本体から独立して設計できる
•サポートのためのリソースを効率的に運用できる
•組織として独立しているため「障害のある方による成果」を直接的に算出しやすい
デメリット •職域や雇用形式など、本体の人事制度との整合が必要になる
•サポートのためのリソースが雇用部門ごとに分散する
•キャリアパスが特例子会社内に制限されやすい
•本体との物理的・制度的な分断が生じやすい
•特例子会社の場合、新会社設立・審査にコストがかかり、設立要件への合致が必要である

 ニューロダイバーシティに取り組む企業

〇アメリカ:Googleの事例

IT業界世界最大手のGoogleでは、スタンフォード大学のニューロダイバーシティ研究者とともに、自閉症の当事者を対象とした採用プログラムを構築。これまでの採用プロセスでは、候補者に公平なチャンスを与えられていなかったとし、特性を考慮した面接時間の延長、事前質問の提供、口頭ではなく書面による面接の実施などを行っている。ほかにも同僚となる社員の理解を深めるため、自閉症に関するトレーニングの実施や採用後の継続的なサポートを通して、ニューロダイバーシティの実現を目指している。

〇アメリカ:マイクロソフトの事例

ソフトウェア開発・販売を行う米企業・マイクロソフトは、独自の「ニューロダイバーシティ採用プログラム」を設けている。これは、従来の採用プログラムでは応募者が自身の強みを発揮できないことから生まれた仕組み。「ニューロダイバーシティ採用プログラム」では、作業性やスキルなどに幅広く焦点を当てた採用プロセスが適用される。

〇日本:アクサ生命保険株式会社の事例

アクサ生命保険株式会社は、社内外に向けてニューロダイバーシティの概念を啓発する活動を2020年4月から行っている。2019年、従業員の有志団体が、生きづらさを感じている同僚や発達障害がある家族を持つ従業員を対象にした相談会やセミナーを開催したのがきっかけ。その活動を会社が正式にサポートすることになり、ダイバーシティ&インクルージョンの施策として、多様な従業員が自分らしく活躍できる職場環境の整備を進めている。

〇日本:株式会社デジタルハーツの事例

2001年、主にコンシューマーゲームを対象としたデバッグサービス の提供を開始した企業・株式会社デジタルハーツでは、発達障害がある方や、引きこもり傾向のあるゲームユーザーを中心にチームを構成している。一般的な雇用環境の中では、得意不得意の凹凸がはっきりしているために能力を発揮できず、職場になじめないまま引きこもりとなっていた層。その中には、ゲームのデバッグやセキュリティの分野で定型発達の人材に比べて高い業務適性を持った人材が多く存在する。同社は、そういった層を積極的に雇用し、適切な業務体制を整えることで、事業としての競争性を実現し、売上高規模を2倍に拡大させた。Microsoft社より、Xbox360のデバッグ業務を受注した際には、通常のスタッフでは発見が困難だったバグを多数発見。その能力が発注元のMicrosoft社の予想をはるかに超えるものだったということで、ビル・ゲイツから米国シアトルへ招待を受けたこともある。

 最後に……

世界のさまざまな企業で広がりを見せているニューロダイバーシティですが、一方で、発達障害のなかでも扱いやすく受け入れやすい軽症者だけを対象にした理想論だという批判があるのも事実です。厚生労働省が発表した「平成30年度障害者雇用実態調査」によると、事業所の75.3%が、発達障害者の雇用課題として「会社内に適当な仕事があるか」を挙げています。さらに、雇用の促進には65.8%が「外部の支援機関の助言・援助などの支援」が必要と回答しています。そもそも発達障害に対する理解と環境、さらに関係機関との連携が整っていかなければ、多様な個性を認める社会は実現しません。まずは試行錯誤を重ねながら、ニューロダイバーシティに関する議論を深めてゆくことが、本当の意味での多様性の実現へと繋がるのではないでしょうか。

尚、上記の文章は、経済産業省の「ニューロダイバーシティの推進について」に掲載されている「イノベーション創出加速のためのデジタル分野における「ニューロダイバーシティ」の取組可能性に関する調査 調査結果レポート(令和5年3月改訂)(PDF形式:6,078KB)」令和5年3月改訂版を参考に言葉遣いなどを少々変更させていただきました。





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