1 「障害者虐待」の定義
(1)障害者の定義
障害者虐待防止法では、障害者とは障害者基本法第 2 条第1号に規定する障害者と定義されています。同号では、障害者とは「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)その他心身の機能の障害がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるもの」としており、障害者手帳を取得していない場合も含まれる点に留意が必要です。また、ここでいう障害者には 18 歳未満の者も含まれます。
(2)「障害者虐待」に該当する場合
障害者虐待防止法では、「養護者」「使用者」「障害者福祉施設従事者等」による虐待を特に「障害者虐待」と定めています(第 2 条第 2 項)。
「養護者」とは、障害者の身辺の世話や身体介助、金銭の管理等を行っている障害者の家族、親族、同居人等のことです。
「使用者」とは、障害者を雇用する事業主、または事業の経営担当者、その他その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をする者のことです。
「障害者福祉施設従事者等」とは、障害者総合支援法等に規定する「障害者福祉施設」、または「障害福祉サービス事業等」(以下、合わせて「障害者福祉施設等」という)に係る業務に従事する者のことです。具体的には、次の施設・事業が該当します。
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2 障害者福祉施設従事者等による障害者虐待
これらの事業に従事する人たちが、次の行為を行った場合を「障害者福祉施設従事者等による障害者虐待」と定義しています。(第 2 条第 7 項)
- 身体的虐待:障害者の身体に外傷が生じ、若しくは生じるおそれのある暴行を加え、または正当な理由なく障害者の身体を拘束すること。
- 性的虐待:障害者にわいせつな行為をすること、または障害者をしてわいせつな行為をさせること。
- 心理的虐待:障害者に対する著しい暴言、著しく拒絶的な対応、または不当な差別的な言動、その他の障害者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。
- 放棄・放置:障害者を衰弱させるような著しい減食、または長時間の放置、他の利用者による①から③までに掲げる行為と同様の行為の放置、その他の障害者を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること。
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経済的虐待:障害者の財産を不当に処分すること、その他障害者から不当に財産上の利益を得ること。
なお、高齢者関係施設の入所者に対する虐待については、65 歳未満の障害者に対するものも含めて高齢者虐待防止法が適用されます。児童福祉施設の入所者に対する虐待については、児童福祉法が適用されます。ただし、18 歳以上で、障害者総合支援法による給付を受けながら児童福祉施設に入所している場合は、障害者虐待防止法が適用されます。
また、法第3条では「何人も、障害者に対し、虐待をしてはならない」と規定され上記の「障害者福祉施設従事者等」のみならず、幅広く全ての人が障害者を虐待してはならないことを定めています。
3 虐待行為に対する刑事罰
障害者虐待は、刑事罰の対象になる場合があります。
- 身体的虐待:刑法第 199 条殺人罪、第 204 条傷害罪、第 208 条暴行罪、第 220 条逮捕監禁罪
- 性的虐待:刑法第 176 条不同意わいせつ罪、第 177 条不同意性交等罪(令和5年7月改正)
- 心理的虐待:刑法第 222 条脅迫罪、第 223 条強要罪、第 230 条名誉毀損罪、第 231 条侮辱罪
- 放棄・放置:刑法第 218 条保護責任者遺棄罪
- 経済的虐待:刑法第 235 条窃盗罪、第 246 条詐欺罪、第 249 条恐喝罪、第 252 条横領罪
これまでの虐待事案においても、虐待した障害者福祉施設等の職員が警察によって逮捕、送検された事案が複数起きています。虐待行為の具体的な例を(表‐1)に挙げます。近年の刑法の見直しの経緯としては、「刑法の一部を改正する法律(平成 29 年法律第 72号)」が平成 29 年 7 月に施行されました。従来は、「姦淫」(性交)のみが「強姦罪」の処罰の対象とされていましたが、この改正により、罪名を「強姦罪」から「強制性交等罪」とし、性交だけでなく、口腔性交や肛門性交(以下「性交等」)についても、同じ罪として処罰することとされました。また、従来は、被害者が女性に限られていたところ、被害者の性別を問わないこととされ、男性が男性に対して性交等をすることも「強制性交等罪」として処罰することとされました。併せて、法定刑の下限を懲役3年から 5年に引き上げる改正が行われています。さらに、この「強制性行等罪」を含む性犯罪については、被害のあったご本人にとって、告訴することが精神的負担になる場合があることを踏まえ、その負担を軽減するため、「非親告罪」(告訴がなくても起訴できる犯罪)とされたところです。
加えて、「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律(令和5年法律第 66 号)」が、令和5年7月に施行されます。この改正により、これまでの「強制性交等罪・準強制性交等罪」が「不同意性交等罪」、「強制わいせつ罪・準強制わいせつ罪」が「不同意わいせつ罪」に罪名が変更され、その適用要件は、以下のとおりとなります。
- 次の①から⑧までの行為・事由その他これらに類する行為・事由により、同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態にさせ、またはその状態にあることに乗じて、性交等をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、5年以上の有期拘禁刑に処する。
- ① 暴行・脅迫
- ② 心身の障害
- ③ アルコール・薬物の影響
- ④ 睡眠その他の意識不明瞭
- ⑤ 同意しない意思を形成・表明・全うするいとまの不存在
- ⑥ 予想と異なる事態との直面に起因する恐怖又は驚愕
- ⑦ 虐待に起因する心理的反応
- ⑧ 経済的・社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮
- 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、またはそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、1と同様とする。
- 16歳未満の者に対し、性交等をした者(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る)も、1と同様とする。
区分 | 具体的な例 |
身体的虐待 |
① 暴力的行為
② 本人の利益にならない強制による行為、代替方法を検討せずに障害者を乱暴に扱う行為
③ 正当な理由のない身体拘束
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性的虐待 |
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心理的虐待 |
① 威嚇的な発言、態度
② 侮辱的な発言、態度
③ 障害者や家族の存在や行為、尊厳を否定、無視するような発言、態度
④ 障害者の意欲や自立心を低下させる行為
⑤ 交換条件の提示
⑥ 心理的に障害者を不当に孤立させる行為
⑦ その他著しい心理的外傷を与える言動
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放棄・放置 |
① 必要とされる支援や介助を怠り、障害者の生活環境・身体や精神状態を悪化させる行為
② 障害者の状態に応じた診療や支援を怠ったり、医学的診断を無視した行為
③ 必要な用具の使用を限定し、障害者の要望や行動を制限させる行為
④ 障害者の権利や尊厳を無視した行為又はその行為の放置
⑤ その他職務上の義務を著しく怠ること |
経済的虐待 |
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