目次
・嚥下障害とは
嚥下障害とは、口の中のものを飲み込みにくくなる状態のことです。
通常は、飲み込むとき
- 食べ物が鼻に逆流させないように鼻腔への道を塞ぐ
- 肺に侵入しないように肺への道を塞ぐ
- 食道の蠕動(ぜんどう)運動
- 胃の逆流を防ぐために食道への道を塞ぐ
以上の機能により、食べ物が気管に入ることなく胃へ移動し、消化されます。嚥下障害は、これらの機能に障害が生じて、飲食物が飲み込みにくくなる状態のことです。
・どのような症状がでるのか
嚥下障害はさまざまな器官に影響があるため、症状にもさまざまな種類があります。
《食事中の症状》
嚥下障害の食事中の症状として、①口から食べ物やよだれが出る、②鼻水がでる、③むせることなどが頻繁におこります。口を閉じる力が弱くなり、口から食べ物が出たり、よだれが出たりします。口から鼻への道が塞がれていないと、食べ物の水分が鼻水として出てきます。むせるのは気道に異物が入るのを防ぐためで、誤嚥をしている可能性があります。
《食後の症状》
食後の症状としては、①胸やけ、②かすれ声やしゃがれ声になったりすることがあげられます。加齢などで胃の入口の筋力が低下すると、胃の入り口のしまりが悪くなります。胃の入口のしまりが悪くなると、胃から食べ物が逆流し、胸やけが起こります。声が変わる原因は食べ物を飲み込めず、のどに残っているために起こります。
《その他の症状》
その他の症状には、①体重の減少、②栄養不足、③脱水、④窒息、⑤嚥下性肺炎などがあげられます。嚥下障害を起こすと、食事への意欲がなくなり食事量が減ります。食事量が減ることで、体重が減少し栄養不足になります。また、水分がうまく摂れず脱水症状を起こす場合もあります。食べ物が気管に入ることで、窒息や嚥下性肺炎を起こすリスクもあります。
・嚥下障害の危険性
嚥下障害になると満足に食事を摂ることができなくなります。そして、栄養不足になり体重が減少したり、窒息や肺炎などのリスクがあります。また嚥下障害は、命に関わる場合があります。そのため、早期に発見し早急に改善する必要があります。
・嚥下障害の主な3つの原因
嚥下障害が起こる原因には、(1)器質的原因、(2)機能的原因、(3)心理的原因の3つの観点から引き起こされます。
(1)器質的原因
器質的原因とは、食べ物を飲み込むときに関わる器官
- 口
- のど
- 食道
- 胃
などの異常で嚥下障害が発生することを指します。口内炎や咽頭炎などの炎症や、がんの腫瘍などが、食べ物の通り道を塞ぎます。食べ物の通り道が塞がれることで、食べ物を飲み込むことができなくなります。
(2)機能的原因
機能的原因とは、器官自体に問題はなく器官を動かすための「筋肉」「神経」の異常で嚥下障害が発生することを指します。筋肉や神経がうまく機能せず、器官が動かせないため、飲み込むことができなくなります。
要因としては、……
- 発達障害
- パーキンソン病
- 脳卒中
- 脳外傷
などの中途障害が原因で、筋肉や神経を動かせなくなる場合が多いです。また、加齢により嚥下機能に関する筋力が低下するという場合もあります。
(3)心理的原因
心理的原因とは、うつ病やストレスなどによる精神的・心因的疾患によるものです。心理的な疾患が原因となり、のどに違和感が生じ、嚥下障害が起こります。心理的原因の場合は、食事のときに嚥下が難しいと感じることは少ないです。しかし、唾液を飲み込むときに、のどに違和感が生じる症状が特徴です。
・嚥下障害の初期症状・兆候
嚥下障害は症状に個人差があり、初期の段階では気付かない場合が多いです。
嚥下障害の症状として次のものが挙げられます。
- 飲みこむのに苦労する
- 薬が飲みにくい
- よく咳をする(食事中にむせる)
- 固いものが噛みにくくなった
- 痩せてきた
- 発熱をくりかえす
- 元気がない(脱水症状)
以上の症状があれば、嚥下障害の疑いもあるので注意する必要があります。
・嚥下障害の検査方法
嚥下障害の検査方法には次の3つが挙げられます。
- スクリーニング検査
- 嚥下内視鏡検査
- 嚥下造影検査
以下にこれらの検査の詳細を説明します。
《スクリーニング検査》
スクリーニング検査は主に、……
- 反復唾液嚥下テスト
- 水飲みテスト
- 改訂水飲みテスト
以上の3種類の検査方法があります。反復唾液嚥下テストは、口の中を湿らせた後に唾液を嚥下します。水飲みテストは、口腔ケア後に30mlの水を飲めるかを確認するものです。改訂水飲みテストは、水飲みテストが危険な可能性がある場合に行われます。冷水3mlを嚥下した後、追加して嚥下を2回行います。
《嚥下内視鏡検査(VE)》
嚥下内視鏡検査は、鼻咽腔ファイバーという内視鏡をのどに入れ、嚥下を観察します。
- 唾液や痰の残留
- 嚥下後の食物の残留
- 誤嚥(ごえん)
- 声帯の動き
などの確認を行います。検査の結果をふまえて、今後の治療の方針を決定します。
《嚥下造影検査(VF)》
嚥下造影検査は、X線を用いて食物の嚥下の様子を観察します。
- 嚥下時の飲食物の通過の状態
- 飲食物の喉頭、咽頭への残
- 誤嚥(ごえん)
を確認することができます。嚥下障害がどの部位の障害で起こっているのかなどを詳細に確認することができます。現在では、嚥下造影検査は最も信頼性の高い検査方法と考えられています。
・嚥下障害の治療方法と種類
嚥下障害の治療方法は、大きく分けて次の3つです。
- 経管栄養法
- リハビリ
- 手術
以下では、その中のリハビリと手術の2種類について紹介します。
・リハビリ
リハビリでの回復訓練には、①間接的と②直接的の2種類の方法が存在します。それぞれの違いは飲食物を用いるかどうかにあります。
嚥下機能の回復のための、飲食物を使わない嚥下の訓練を間接訓練といいます。
・リラクゼーション
嚥下機能の回復のため、上半身を中心に首や肩を回すなどして体をリラックスさせます。腕を左右に広げたり、深呼吸をすることも効果的です。
・口・舌・頰の訓練
回復のために、口、舌、頬の筋肉を鍛える訓練です。頰を膨らませたり、口、舌、頬を動かして口周りの筋肉の動きを滑らかにします。
・口腔感覚の訓練
嚥下するときに、反射的に動く嚥下反射を誘発させることを目的とした訓練です。凍らせた綿棒に水をつけて口腔を刺激するなど、口腔の感覚を刺激します。
・嚥下反射促通手技
嚥下に関わる筋肉をマッサージで刺激し、嚥下運動を促進させる訓練です。直接訓練のときに、うまく飲み込めない場合にも行う方法です。
・呼吸訓練
誤嚥したときに、咳をして排出できるよう呼吸の筋力を鍛える訓練です。呼吸機能を高めるには、腹式呼吸の練習を行うと効果的です。
・発声訓練
嚥下に関わる器官の筋力向上や喉、舌の滑らかな動きを訓練します。嚥下のときと同じ器官を使う4音、「パ・タ・カ・ラ」を大きく発音します。
飲食物を使って行う訓練を直接訓練といいます。
・食品の調整
食品の形状や柔らかさを、障害の症状と本人の好みに合わせて調整します。細かく砕いたり、ペーストにするなどして食べやすくします。
・交互嚥下
形状の異なる食品を交互に摂取することで、食べ物がのどに残りにくくなります。
・複数回嚥下
食べ物を複数回に分けて飲み込むことで、のどに食べ物が残るのを防ぎます。
・手術
手術は、リハビリで改善が見込めない場合に、行う必要があります。嚥下機能改善手術は訓練を半年間行っても、嚥下障害が改善しない場合が対象となります。誤嚥防止術は、唾液誤嚥性肺炎や胃食道逆流誤嚥性肺炎などで死の危険がある場合や、気管切開後に肺炎を繰り返している場合など対象になります。
代表的な手術法には次のものがあり、術式は障害レベルなどに応じて決まります。
- 輪状咽頭筋切断術(食道入口部の筋肉を切り弛緩させ、食道に通しやすくする)
- 喉頭挙上術(のどぼとけの軟骨を糸で固定し、食道入口を開きやすくする)
- 声帯内方移動術(声が出ない状態を改善するため、声帯を内方に移動)
手術でも誤嚥は完全に防止はできず、誤嚥の可能性を常に注意する必要があります。
誤嚥防止術とは、誤嚥を完全に防止するために気道と食道を分離する手術です。
- 喉頭全摘出術(喉頭を摘出する)
- 喉頭気管分離術(喉頭を温存し気管と分離)
- 声門閉鎖術(喉頭と気管を分離する際、声門を完全に閉じる)
などの術式があり、どの術式でも発声の機能はなくなり、気管孔がつくられます。
・嚥下障害の治療は何科?
嚥下障害に関する治療は、主に以下の科を受診することを推奨します。
- 耳鼻咽喉科
- リハビリテーション科
- 精神内科
- 脳神経内科
- 消化器科
- 歯科
- 歯科口腔外科
そして、言語聴覚士は法律の定めによる嚥下障害の治療の専門職です。嚥下障害の認定看護師制度も整備されていて、専門家が在籍しているところが最適です。医療機関により、嚥下障害専門外来を設置している場合もあります。
・嚥下障害の治療薬
嚥下障害には薬物療法はありません。脊髄小脳変性症(SCD)、多系統萎縮症(MSA)などの治療薬には、嚥下障害でも飲めるように工夫されたものもあります。しかし、嚥下障害そのものを治療する効果のある薬はありません。
・自宅で可能な嚥下障害の治療(リハビリ)
以下、自宅で行う嚥下障害の治療の方法を紹介します。
《摂食訓練》
なかなか飲み込めない、食事時間が長時間という場合には、以下を行います。
- 食事の調整(滑らかなものに変更)
- 摂食の姿勢を調整(リクライニング)
食事をむせながら食べている場合は、咽頭残留除去法や誤嚥防止法を併用します。これから食べ始める場合は、30度の姿勢でのゼリー摂取から行うのがよいと考えられます。
《自宅で訓練する際の注意点》
自宅での摂食訓練が難しいのは以下の場合などです。
- 患者本人が「食べたい」と思っても、家族や介護者に意欲や介護力がない
- 家族が「食べさせたい」と思っても、患者が拒絶し、摂食条件が守れない
摂食条件が守れず誤嚥性肺炎を起こす場合は、自宅での摂食訓練はできません。
・嚥下障害を予防する方法
嚥下障害を予防する方法を紹介します。日常的に気を付けられることがほとんどなので、意識することも大切です。
《食事中の姿勢や環境を見直す》
嚥下のときに、のけぞった姿勢になると、誤嚥の危険が高まるといわれています。そのため、しっかり座り、下にうつむき、あごを引いた姿勢が理想です。背もたれや肘掛けのある椅子は、食事中に休憩もできるので推奨されています。
《飲み込みやすい料理を取り入れる》
飲み込みやすい料理の調理方法としては、主に次のものが挙げられます。
- 硬いものは柔らかくしてつぶす
- サラサラした液体はとろみをつける
- パサパサするものは水分を含ませる
これらの調理法が用いられている料理が、予防のために取り入れやすいと考えられます。
《食べるスピードを意識する》
適当な一口の量に調整し、一口ずつゆっくり噛んで飲み込みます。汁気の多いものはむせやすく、一口の量をスプーンの大きさなどで調整します。飲食物を飲み込んで口が空になってから、次の飲食物を口に入れるようにします。
《口腔ケアに力を入れる》
口腔ケアは口の清潔を保つため、摂食嚥下障害への対策に必要不可欠です。口腔を清潔にすることで、口腔の衛生環境を改善させることができます。また、口腔の刺激で、唾液の分泌促進や誤嚥での肺炎の予防など、さまざまな効果があります。
・高齢者は誤嚥性肺炎に要注意
肺炎は日本人の死因の第4位で、その中の9割以上が65歳以上の高齢者です。そのため、高齢者はとくに気を付ける必要があります。
誤嚥性肺炎は嚥下障害の誤嚥で、細菌が肺に入り込むことが原因となり起こります。肺炎患者の70%以上が70歳以上の高齢者で、その中の70%以上が誤嚥性肺炎です。嚥下障害は年齢に関係なく、赤ちゃんから高齢者までなる可能性があります。しかし、加齢により発症しやすく、高齢者はとくに注意をする必要があります。誤嚥性肺炎を起こす嚥下障害の原因疾患の約60%は脳卒中が占めています。脳卒中の後遺症が、誤嚥性肺炎に大きく関係していることが示唆されています。
嚥下障害の治療薬として、次のものが挙げられます。
- ACE阻害薬:イミダプリル(アナトリルなど)
- アマンタジン(シンメトレルなど)
- カプサイシンの少量投与
- シロスタゾール(プレタールなど)
- 半夏厚朴湯
嚥下機能は、飲み込むときに、嚥下反射、咳反射に支えられ、どちらか一方でも障害されると誤嚥性肺炎が起こりやすくなります。そして、この反射機能を調節するのが、神経伝達物質のドーパミンとサブスタンスPです。
これらの治療薬には、神経伝達物質の増加または分解を抑える成分が入っていますが、現在保険の適応外になっています。
・最後に……
ここまで嚥下障害の治療についてお伝えしてきました。嚥下障害の治療の要点をまとめると以下の通りです。
- 嚥下障害とは飲み込む機能に障害が出て、食べ物が飲み込みにくい状態
- 嚥下障害の原因とは、器官・筋肉・神経の異常と心理的要因
- 嚥下障害の治療法とは、リハビリと手術
嚥下障害の治療について理解するためにも参考にしていただければ幸いです。