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「障害者雇用における企業の悩み相談」としてこれまで、いくつかの話題を提供してきました。今回は、38名の従業員の企業の事例を紹介します。ここでは、障害者雇用を難しく考えるのではなく、シンプルに考えることをこの企業の事例は物語っているように思われます。そのグラウンドには、社長の強い信念と総務部長の内外における実態の掌握力とアドバイスに耳傾け実行するフットワークの良さが目立ちます。障害者雇用を積極的に受け入れるためのヒントがここにあるのではないでしょうか。ぜひ雇用担当者のみなさんに読んでいただき、行動を加速させる一助となればと思う次第です。
アジア技研株式会社 九州工場
福岡県北九州市にあるアジア技研株式会社九州工場は、主にスタッド溶接システム製造販売、工業用ファスナー製造販売、各種ボイラー向けスタッド溶接責任施工、マグネシウム合金関連製品などを製造している。従業員は38名という比較的小規模の企業ではあるが、現在障害者雇用で4名が働いている。内わけは聴覚・言語障害が1名、精神障害が3名である。
アジア技研株式会社(以下「アジア技研」)は平成6(1994)年に創業し、スタッド溶接システムの製造販売を目的として設立し活動をスタートした。平成20(2008)年に新社屋完成に伴い、本社工場を北九州市小倉北区西港町に移転。その間に、「中小企業ものづくり基盤技術高度化支援法に基づく研究開発認定企業」となり、平成19(2007)年に「経済産業省主催第2回ものづくり日本大賞優秀賞」を受賞した。平成23(2011)年に「北九州市オンリーワン企業」の認定も受け、会社の業績も順調に推移した。
会社の発展と共に地域社会の課題解決も会社として、取り組むことが必要であるとの社長の溝口純一氏の思いもあった。アジア技研で障害者雇用を検討している最中、東日本大震災が発生した。
会社として何かできることはないかと、溝口社長と総務部長の柴崎智典氏(以下「柴崎氏」)は色々と検討をする中で、長期的展望に立ち、九州の地で支援できることをと考え、柴崎氏は東北宮城県の工業高校を訪れた。これまでの東北の工業高校生の就職先は関東圏が多く、遠く離れた九州への就職など考えられなかったであろう。学校の先生に震災で大変な時に、就職準備などできない生徒さんも多数いるのではないか、わが社であれば、生活するために何も準備する必要はない。会社で全て準備をします。関東より距離的には遠いが、移動時間は仙台から北九州まで飛行機であれば、2時間半で移動可能で、東京への新幹線での移動と大差ないと伝えた。そのような経緯もあり、2名の卒業生がアジア技研へ入社した。東北から九州への就職ということで小倉でも話題となり、東北から2名の社員のために、自社のアパートを無償で使っていただきたいと地元不動産会社からの申し出もあったという。現在もその2名は、元気に会社の中堅社員に成長し現場を牽引している。
アジア技研の障害者雇用
障害者雇用の始まりは、障害者を雇用することを特に意識していたわけではなかった。たまたま、採用した中に障害者がいた。アジア技研では、障害の有無を意識した採用活動を行っていない。機械の切削油にまみれ、作業環境に恵まれているとは決していえない作業を、真面目に行ってくれる人材であれば、障害など何も問題はないという。
直近の令和3年度も国立県営福岡障害者職業能力開発校(以下「能力開発校」)より聴覚障害者1名と精神障害者1名を採用した。社内で手話ができる人はいないため、身振り手振りや筆談で対応しているので支障はないという。
アジア技研では職場の雰囲気作りが一番大切だと考えている。現在の和やかで風通しのよい職場の雰囲気維持に貢献しているのが、ベトナムからの技能実習生である。ベトナムから日本に来られ、日本語でのコミュニケーションには制限があることから、身振り手振りや表情、メモなどで補うようにしていることが、障害者とのコミュニケーションで生かされている。言葉を発することなく考えや思いは伝わる。
アジア技研では、障害者、外国人労働者、社会的弱者など、幅広い雇用を通じて、社会貢献することを目指している。
障害者雇用の経緯
アジア技研での障害者雇用は、ほかの会社の障害者雇用とは少し異なっている。12年前に双極性障害のある方を採用したのが障害者雇用のはじまりである。しかし、この方は障害者として雇用したわけではないという。通常の社員募集により採用したが、入社2、3年が過ぎたころ、1週間ほど休みが続いたため、その時に本人から障害や病気について色々と聞いた。本人に確認をしたところ精神障害者保健福祉手帳は持っておらず、医療受給者証のみ所持していることがわかった。その経験が会社としての障害者雇用のあり方を根本から変えたという。障害者だからとか、障害がないからとの区別自体がおかしいとの考えを経営陣が持つようになったとのこと。働くことができて、働きたいという意思があれば、会社としては受入れる当然なスタンスである。働きたいということに対して意思の弱い人は、障害者でなくても会社としては、採用することはない。障害があっても働きたいとの意思が強いことで、補うことはできる。
また、本人が補うことができなくても、周りの人がサポートしたいと思う企業風土が社内に醸成されている。障害者の体調不良による休みなどの対応についても、社内での不満などを聴くことはないと、柴崎氏はいう。採用には、障害の有無は関係ない、もちろん給与面含めての格差も設けてはいない。頑張った人が報われることが当たり前となっている。
障害者の従事業務と職場配置
精神障害のある3名は、検査・梱包・入庫受入・溶接機組立の工程を中心に受け持っている。3名は業務状況に応じて、ローテーションの配置となっている。双極性障害のあるAさんは、部品検査装置で検査を担当している。聴覚障害(難聴)のあるBさんは、主にねじ切り加工全般の業務を行っている。スタッドビスや車脱出用のハンマー部品の加工などを行っている。同僚と和気あいあいと仕事をしている姿に職場のチームワークの良さを感じられるという。
障害者へのサポート体制
オンラインセミナーで柴崎氏の講演があり、参加企業から柴崎氏に次の質問があった。
「サポート役が、自分の業務もサポート業務も両立させ負担なく取り組むための工夫は何かされていますか」。
障害者を職場に配置することで、多くの場合にサポート役の人の負担が大きいと聞くことがある。質問に対し、柴崎氏は次のように答えていた。
「個々の障害の具体的な特性を理解し、どのようなサポートが必要なのか、担当医師や専門員と検討したうえで、複数の担当者を置けば、特別な工夫は必要なく両立できる。工場のほぼ全ての社員が障害のある社員を理解し、全員でサポートをしているともいえ、サポートをしていること自体も忘れている日常が常態化している。例えば、以前に働いていたアスペルガー症候群の方の場合は、『パニック状態になると壁におでこを軽くぶつける』といったことを事前に共有することで、それが始まると、ああ! 今、パニクっているのだなと気付くことができ、『少し休もうか!』と、声をかけることができた。また、自閉症の方の場合は、『一生懸命になると小声でぶつぶつと独り言を始める』といったことを共有し、それが始まると、『少し休もうか!』と、声かけをするようになっています。このようにちょっとした工夫でサポートは可能で、特別な工夫はしていない」とのことだった。
職場でのコミュニケーションについて
聴覚障害者の採用にあたっては、音声によるコミュニケーションが難しいが、ベトナム実習生の経験があったため、何とかなるだろうという思いがあったという。実際に入社後もそんなに大変ではなかった。つい先日も、帰国するベトナム実習生の部屋を片付けるためBさんにも若手数名と一緒に手伝ってもらったが、身振り手振りで意思疎通ができるので、何も問題なく行えた。その時Bさんが、仕事が楽しい、ここにきて本当に良かったと言っていたことを伝え聞き、柴崎氏はうれしかったという。Bさんは仕事中もキラキラした笑顔で作業している。現場での作業の割り振りは、工場担当者に任せているが、配置図を見た柴崎氏がBさんの配置はこれで大丈夫かと確認したら、工場担当者からは大丈夫と判断していますという答えが返ってくるほど信頼されている。休むこともなく、頼りになる存在になっているようだ。
また、採用時にホワイトボードをたくさん購入し、現場に置いた。すると、ベトナム実習生がホワイトボードにひらがなを書いて伝えていたことに驚いた。日々のコミュニケーションは皆マスクを外し、口元を読んでもらい、伝達などを行っている。工場内作業のため、後ろからクレーンが近づく時など危険を伴う場面では、皆が注意を払ってくれている。今まで危なかった事例などは起きていない。特にAさんがBさんのカバーをよくしてくれている。
国立県営福岡障害者職業能力開発校や福岡障害者職業センターとの連携
障害者雇用では、採用ルートが大切だといえる。そのような中、能力開発校からの採用は良かったと柴崎氏は語る。
柴崎氏は能力開発校を訪問しCAD*ができる生徒を採用したいとお願いをした。学校側からは、「御社で職場実習を行っていただきたい」との依頼があり、4名の生徒の職場実習(以下「実習」)を受入れた。希望のCADができる生徒の採用には至らなかったが実習状況を確認し、インターンシップを介して2名を採用した。お互いに助け合いながら働いている様子を見て会社としても、両名を同時に採用したことは間違いではなかったと話す。
採用後半年間は、能力開発校側からフォローとして職場訪問、事業主ヒヤリング、両名との個別相談などを行っていただき、就労当初の課題解決ができたという。
就労当初の本人たちの本音は会社側としても、非常に気になる点である。能力開発校から先生が来訪し、困りごとなどを直接、本人にヒヤリングしていただき、会社側と協力しながらフォローできたので助かったとのことである。
就労半年後からは、能力開発校から福岡障害者職業センター(以下「職業センター」)へ連絡をし、障害者本人に対する専門的な職業リハビリテーションサービス、事業主に対する障害者の雇用管理に関する相談・援助のサポートを受けている。能力開発校、職業センターとの連携により、大きな課題に直面することなく順調のようだ。
このような取組の成果もあり、長期の欠勤者など現時点ではない。障害のある社員が不調に陥った時の対応準備は、これまで以上に備わってきているようだ。
今後の展望と課題
柴崎氏は、障害者にとっての「障害」は簡単に改善できる課題ではなく、障害がない人と同等に働いてくださいと言ってできることではないという。
産業医と話をした時に、メンタル疾患の方は日々7割の力で働くのがよい。どうしても、本人は無理をしてしまうので7割で留めておいて、それを長く続けることがよいとのお話を聴いた。
7割で働くことについて柴崎氏はこんなエピソードを話してくれた。
1か月ほど前に、Aさんが体調を崩し、1週間ほどお休みしたが、その直前にはつぎのようなことがあった。Aさんは自分に課題を課し、1か月休まず出勤すると決めたそうだ。それがあと3日で達成という日に柴崎氏へ「もうすぐ達成するんです」と話をしていた。柴崎氏としては「頑張れよ」とは言えないなと思ったので、「達成できなくてもいいじゃないか」と話したそうだ。本人は無事に1か月出勤は達成することができ喜んでいたが、翌日体調不良で休んでしまった。「障害」と折り合いをつけながら働き続けることの難しさを感じたそうである。
でも、1か月続くことは凄いことだと思う。そこで障害のあるほかの社員にも日々7割で過ごすことの大切さを話したそうだ。
障害のある社員と一緒に働く社員も、障害に応じた働き方については、重々理解してくれているようだ。もしかしたら、言えないだけかもしれないが、皆ついてきてくれていると思われる。障害者雇用の取組については、何か大きなことをやっているわけではないが、働いている一人ひとりが喜んで働いてくれていると信じてやっていると柴崎氏は語ってくれた。
アジア技研では今後も機会があれば、新たな採用は考えているとのことである。採用にあたっての条件は、働きたいとの意思があり、自力で通勤できることのみで、障害のあるなしは関係ないと考えている。採用後のサポートの充実も考えており、今年は、社員の障害者職業生活相談員資格認定講習*の受講を予定しているとのことで、障害者を含む社員全員が働きやすい会社を目指していることを強く感じた。
障害者雇用の課題は大企業と中小企業とでは異なるし、業種によっても異なるなど様々であるが、アジア技研では障害者雇用について、社員が一緒に働く仲間として会社の方針を理解し、協力することで前進している。アジア技研は、障害者との共生という高い理念をごく自然に企業風土として定着させている。
職業を通じて障害者の社会参加をすすめるためには、各企業が積極的に雇用の場を提供しようとすることはもちろん必要ですが、採用後も障害者の職業生活の充実を図ることが大変重要です。このため、「障害者の雇用の促進等に関する法律」では事業主は障害者を5人以上雇用する事業所ごとに障害者職業生活相談員を選任し、その者に障害者の職業生活全般についての相談・指導を行わせなければならないとしています。
独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構では、民間企業等で障害者職業生活相談員として選任が予定されている方などに、その技術的事項を習得していただくため「障害者職業生活相談員資格認定講習」を実施しています。