Q1 では現在日本では性同一性障害をどのように考えられているのでしょうか?

A1 先にあげた世界の動向があることを前提に、概括的に説明することにします。

女性なのに、自分は「本当は男なのだ、男として生きるのがふさわしい」と考えたり、男性なのに「本当は女として生きるべきなのだ」と確信していたりすることで、社会に適応の困難な状態を「性同一性障害(gender identity disorder, GID)」と呼んでいます。このような精神的な状態で日常生活をしていると、性別の不一致感から悩んだり、落ち込んだり、気持ちが不安定になるので、性同一性障害として「精神疾患」に含め考えるようになったと言えます。

本来、性別といえば、「男性」か「女性」の2種類に分かれると多くの人たちは単純に考えますが、性別には生物学的な性別(sex)と、自分の性別をどのように意識するのかという2つの側面があります。

性別の自己意識あるいは自己認知をジェンダー・アイデンティティ(gender identity)といいます。多くの人は、生物学的性別と自らの性別に対する認知であるジェンダー・アイデンティティが一致しているため、性別にこのような2つの側面があることにはなかなか気づきません。しかし、一部の人にはこの両者が一致しない場合があるのです。そのような場合を「性同一性障害」といいます。つまり、性同一性障害とは、「生物学的性別(sex)と性別に対する自己意識あるいは自己認知(gender identity)が一致しない状態である」と、定義することができます。

ジェンダーとは何か?

これまで「ジェンダー(gender)」という言葉を使ってきましたが、この言葉はいろいろな使われ方をしています。その使用のされかたには、大きく分けて以下の3つがあります。

1 生物学的性別を意味する使い方

形態や機能の上から区別できる雌雄(female, male)のこと(性的二型)を生物学ではジェンダーと呼びます。

2 社会的・文化的に形成された性差を意味する使い方

「人為的・社会的に作られた性差」、「男性が優位であるかのように作られた性差」という立場でジェンダーを捉え、社会的・文化的性差の意味で用います。

3 性別に対する自己意識、自己認知を意味する使い方

「自分は男(女)である」、「男(女)として生活することがふさわしい」と感じる性別に関する自己意識(認知)の意味で用います。心理的・社会的性別と呼ばれることもあります。

以上のように「ジェンダー」という言葉は、使われる状況や背景によって意味が大きく異なります。性同一性障害について述べている場合には、3番目の「性別に対する自己意識、自己認知」を意味していると考えて下さい。

性同一性障害と同性愛、異性装(服装倒錯症)との違い

性同一性障害は、同性愛と混同して考えられることが少なくありませんが、両者はまったく別のものです。

すでに述べたように、性同一性障害は、自らの性別に関するジェンダー・アイデンティティの問題です。一方、同性愛は性対象として同性の相手を選ぶことを意味しています。したがって、性同一性障害を有する人の中には、異性愛の人もいれば同性愛、あるいは両性愛の人もいます。

また、性同一性障害では反対の性別の服装を着用し、装飾品を身につける「異性装(服装倒錯症)」がみられます。しかし、異性装をするからといって、性同一性障害とは言えません。

自分の性別とは反対の服装をする人たちは昔から知られており、一般に異性装と呼ばれていました。20世紀の初め頃、異性装をする人達を学術的に服装倒錯症(transvestism)と呼ぶようになりましたが、その後、異性装によって性的快楽を得る人の他に、自らの生物学的性別とは異なるジェンダーを有する人が、反対の性別の服装を身にまとおうとすることが明らかになりました。

このように、異性装をする人たちの中には、性的快感を得るための場合と、反対の性別に帰属することを求める場合があります。性同一性障害では、性的快感を求めるためではなく、自らのジェンダーに合った服装をすることを願うために異性装をします。

性同一性障害を有する人のQOL(生活の質)

性同一性障害を有する人を取り巻く医療的環境や社会的・心理的状況は、必ずしも整っているわけではありません。たとえば次のような問題があります。

1 医療環境の問題

性同一性障害をはじめとする性別違和を持つ人たちに対する医療的対応は、現時点では必ずしも十分とはいえません。

その一つは専門とする医療施設や専門医が少ないことが挙げられます。とくに性同一性障害の診断と治療は複数の診療科の連携を必要とするため、一層対応できる施設に限りがあるのが現状です。また、内分泌療法、外科的治療に対する保険適応がまだなく、今後の課題となっています。

2 法的整備

反対の性別で生活しようとするとき、障害になるのが、名前の問題や戸籍上の性別表記の問題です。

① 名前の変更(改名)

性同一性障害による改名を行うためには家庭裁判所の審判を経て、許可される必要があります(戸籍法第107条の2)。後に述べる「特例法」が施行されてからは、性同一性障害による改名は比較的認められやすくなりました。

② 性別の変更

性同一性障害を有する人が、外科的治療を行い、外見的には反対の性別に限りなく近づいたとしても、自らの所属する「戸籍上の性別」が変更されないと、手術を受けた人のQOL(生活の質)は高まらないことになります。そこで、国は「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(性同一性障害者特例法)※」を制定しました(平成15年7月10日)。

※)「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」

家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当する者について、その者の請求により、専門医師2名の診断書を添え、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。

  • 20歳以上であること
  • 現に婚姻をしていないこと
  • 現に子がいないこと
  • 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
  • その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること

この法律は、2004年(平成16)7月から施行されました。その後、2008(平成20)年に、これらの条項のうち、「現に子がいないこと」を「現に未成年の子がいないこと」と変更(改訂)され、平成20年12月18日に施行されました。 以上のようにわが国では性同一性障害の外科療法が先行する中で、医療や社会制度の環境整備が遅れておりましたが、日本精神神経学会、GID学会、「日本性同一性障害と共に生きる人々の会」などの努力により、少しずつ環境が整ってきています。







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