A6 双極性障害の治療では、まずは自分の病気を正しく知って、その病気と向き合えるようになることから始まります。
治療前の準備期間
死を受け入れていく過程を研究したドイツの有名な精神科医であるキューブラー=ロスは、受容には5段階のプロセスがあるとしています。
《否認→怒り→取引→抑うつ→受容》
双極性障害という難しい病気であることを患者さんが理解すると、これに近い心の動きがみられることが多いです。まずは「私は双極性障害ではない」と考えて、診断を受け入れることができません。そして治療者や周囲に対して、「自分を精神病患者と決めつけるな」という怒りになります。次第に、「自分だけは再発しない」などと、すがるようになります。「自分は精神病患者になってしまった」と深く落ち込みます。そして少しずつ受け入れていきます。このようにして、双極性障害と向き合えるようになってはじめて、前向きな治療を行っていくことができます。
治療の基本的な考え方
双極性障害では、薬による治療が非常に重要な病気です。原因はよくわかっていないのですが、脳の機能的な異常によって気分の波が生じると考えられています。その波を少しでも穏やかにするために、薬物療法が重要です。
双極性障害は、躁状態とうつ状態という2つの気分の間で波を繰り返す病気です。躁状態では本人はむしろ調子が良いですが、家族や周囲が疲弊してしまいます。うつ状態では本人がつらいですが、家族は心配ではありますが休めます。この本人と家族や周囲のずれが治療を困難にします。
これまでは有効な薬が少なかったことや、家族の望む形を尊重して「低め安定」を目指した治療をしていました。現在は少しずつ「ちょうどいいところで付き合っていく」ことを目指していく治療にかわりつつあります。抗うつ効果の期待できる薬が増えたことや、患者さんが自ら治療に取り組むことを受けて、治療の考え方が少しずつ変わってきています。
うまく薬で波を小さく、少なくしていきます。そして「さざ波」と上手く付き合っていくことを目指します。このためには、家族教育、生活リズム、精神療法を積み重ねていく必要があります。
薬物療法
双極性障害の治療薬としては、大きく3つの役割が期待されます。
- 躁状態を改善する効果
- うつ状態を改善する効果
- 再発予防効果
躁状態とうつ状態は、今まさに何とかしなければいけない状態です。躁状態では本人は問題意識はありませんが、家族や仕事で大きなトラブルにつながります。うつ状態では、本人は非常に苦しみが深いです。このような気分の「波」を抑えなければいけません。
双極性障害の治療では、波を抑える治療だけでは対症療法になってしまいます。躁状態やうつ状態などの病気の状態である期間を病相期といいますが、気分の「相」をいかに少なくしていくかが非常に大切です。そのような意味で、再発予防効果が重要なのです。
そのような治療薬としては、「気分安定薬」と「抗精神病薬」が中心となってきます。それぞれの薬の特性を生かして、患者さんごとに適切な治療薬を選んでいきます。
精神療法
双極性障害では、薬物療法だけではなく精神療法もあわせて治療していきます。うつ状態や軽躁状態の真っただ中では、精神療法をすすめていくのは困難です。精神療法が効果的なのは、症状がある程度落ち着いている時期になります。
双極性障害の特徴としては、2つの大きな特徴があります。
- いろいろな病相が不安定にみられる
- 再発率が高い
この2つの特徴をふまえて精神療法を行っていきます。
まずは双極性障害という病気を受け入れる必要があります。そして、双極性障害の病気の原因や症状といった知識、再発予防も含めた薬物療法の重要性、規則正しい生活リズムの重要性などを知る必要があります。家族を含めて理解を深めていきます。
そして、症状をモニタリングする方法を見つけていきます。日々の症状の変化を捉えて、再発の兆しがあったら休息をとるなどの適切な行動をとれるようにしていきます。
具体的な方法としては、認知行動療法(CBT)と対人関係・社会リズム療法(IPSRT)があります。
双極性障害の認知行動療法では、気分の変化によって認知も変わってしまいます。そのため、気分の変化による思考や認知、行動パターンの変化そのものに注目して、それを最小限にしていくように意識していきます。
双極性障害の対人関係・社会リズム療法では、対人関係の問題と生活リズム(とくに睡眠―覚醒リズム)が再発に大きな影響があるという点に注目しています。対人関係の問題を明確にして、それを解決していきます。これらの対人関係を生活リズムの中に取り入れて、バランスのとれた生活リズムと対人交流を心がけていきます。
以上が主な治療法となります。双極性障害は同時に家族の理解がとても重要になります。自助グループ、家族会などへも積極的に参加することも併せて勧めます。