Q4 EMDR(眼球運動による脱感作と再処理療法)がPTSDの治療にはいいと聞きますが?

A4 確かにEMDR(眼球運動による脱感作と再処理療法)が得意とする対象は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)です。PTSDの診断がついていなくても、トラウマ(心の傷)によって様々な問題が起こっていれば、EMDRの対象になります。トラウマといってもさまざまですが、犯罪被害いじめ、虐待、被災、事故などが主なものとして挙げられます。

 それ以外にも、トラウマによって主に引き起こされる解離性障害などもEMDRの主な対象です。そして、研究が進み、それ以外にも気分障害(うつ病)、不安障害、パーソナリティ障害、心身症の治療にも最近ではEMDRが応用されています。

EMDRの歴史

1989年にアメリカのフランセス・シャピロという心理学者がEMDRを考案しました。シャピロはもともと行動療法家・行動主義心理学者だったため、EMDRを学習心理学や学習効果の観点から研究を進めていきました。しかし、EMDRの臨床研究や実践を行っていると、その観点からでは説明のつかない事柄が多数出てきました。そのため、今日ではEMDRは行動療法というジャンルから飛び出し、脳の情報処理過程の観点からEMDR研究が進められるようになりました。

 EMDRはアメリカが抱えていた問題とマッチしたことも爆発的に研究や実践の普及につながりました。それは退役軍人の様々な問題からいえることです。主にベトナム退役軍人は、戦争により様々なトラウマを背負い、PTSDやアルコール依存、薬物依存を発症しました。その治療にEMDRは非常に効果的で多くの成果をあげした。また、犯罪率の増加から、犯罪被害者のトラウマを治療することにもEMDRは貢献しました。このようなことがあり、次第にEMDRの研究は進み、さらにはEMDR治療を学ぶ気運が広がっていきました。

 EMDRは極めて高度な技術にあたるため、EMDRのトレーニングとライセンスについては厳しい基準を設けています。そのため、EMDRを施術する治療者はそう多くありません。EMDRをまがいものにならないように、不適切なEMDR施術が行われないようにシャピロは願っていたようです。

EMDRの理論的基礎

EMDRは脳の情報処理理論から成り立っています。難しいことはここでは省き、簡単に必要なところだけ述べます。

 人間はたくさんの記憶の積み重ねで成り立っています。単純ですが、記憶にはポジティブなものとネガティブなものがあります。健康な人はポジティブな記憶が多くあります。そして、仮にネガティブな出来事に出会ったとしても、ポジティブな記憶に吸収され、良い意味で忘れてしまったり、美化されたりします。

 しかし、幼少期からの虐待などでもともとポジティブな記憶が少なかったり、あまりにも強いネガティブな出来事に出会ってしまったり、体調やコンディションが悪くて消化できなかったりした時、ネガティブな記憶はそのまま残ってしまいます。そして、そのネガティブな記憶が繰り返し想起され、想起の度に嫌な気持ちになり、時には当時の状況をありありと再体験してしまうようなフラッシュバックを起こしてしまったりします。そうなるといつまで経ってもネガティブな記憶が吸収されることなく、居残り続けてしまいます。それが様々な心身の症状や現実的問題に影を落とします。

 さて、ネガティブな記憶はどのようにしてポジティブな記憶に吸収されたり、消化されたりするのでしょうか。その一つは睡眠中の夢が関連していると言われています。夢をみることにより、日常で体験したことを頭の中で整理し、まとめ、置くべきところに置いておけるようになります。そして、些細な事やどうでもいいこと、都合の悪いことは忘却させます。こうして、脳の負担を和らげる役割を夢は担っています。

 夢を見る時、人間の眼球は早いスピードで動き回っています。この眼球の動きと記憶の整理が物理的にどう関連しているのかはまだまだ分かりませんが、仮説的に関連しているととらえます。そして、それを利用し、起きている時にも睡眠における記憶の整理のようなことを行うのがEMDRなのです。

*(記憶が吸収されるなどの表現は厳密には不正確なのですが、ここでは分かりやすいことを優先して、このような表現を用いています。)

EMDRの注意点

EMDRを導入する際に、注意しなければならないことがあります。まず、今現在において状況や環境が危機的なものであり、安全の確保がされていない時にはEMDRは先送りした方が良いのは当たり前です。例えば、DV被害や虐待被害を受け続けているのであれば、EMDRよりもまずはシェルターや児童相談所などに避難して、安全を確保することが優先されるべきです。

 その他にトラウマ(心の傷)を被った直後などもEMDRを控えて下さい。状況が落ち着き、ひと段落させることを優先させて下さい。また、人間は意外と回復力を持ち合わせています。例え、困難なことがあっても、自ら乗り越えられる場合もあります。まずは自然回復を期待し、様子を見守ることを優先し、EMDRを控えます。どのようなトラウマかにもよりますが、様々な研究では、EMDRなどの治療をせずとも、トラウマを被った人の8〜9割は自然に回復すると言われています。

 最後にEMDRは万能な方法であり、どういう問題にも魔法のように効果を持つ、というようなイメージを持つことはよくありません。当然のことですが、人間の行うことに万能で100%完璧なものなどありません。EMDRもそうです。

 ですので、EMDRはカウンセリングの数ある方法のひとつであり、部分的に利用するぐらいの認識の方が良いように思います。EMDRを万能視せずに、適度に、適切に利用して下さい。尚、EMDRは一回につき1万円前後の保険外実費負担が発生します。







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