A2 PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療の目的を一言で言うなら、トラウマ体験を「過去の出来事」としてしっかり終わらせることにあります。
トラウマの記憶は、意識しないように考えてコントロールできるものではありません。トラウマを過去のものとして終わらせるためには、まず記憶に正面から向き合う必要があり、心理療法が不可欠になります。睡眠障害や、うつ症状などを併発している場合は、適切な薬物療法も必要となります。
心理療法による治療
PTSDの大きな特徴は、過去のトラウマ体験が悪夢やフラッシュバックなどの形で現在も続いてしまうことです。過去のトラウマ体験を過去の出来事として終了させることが、治療のゴールとなります。意外に思われる人も多いようですが、出来事を消化するためには、トラウマ体験をなかったこととして意識に上らないように抑えつけるのではなく、実際に起きてしまったこととして受け入れ、自分からその話ができるようになることが回復への大きな一歩となります。心理療法では、通常は断片化されているトラウマ体験時の記憶をつなぎあわせて記憶を再構築したり、原体験と似た状況を人為的に作り出してトラウマを再体験するなどの手段を使います。意識から払いのけたい衝動が生じるトラウマ体験を直視できるように手助けすることで現実と向き合い、出来事が消化できるまで治療を続けます。またカウンセリングなどを通じて、不合理なほど強くなってしまった自責の念など、PTSDで生じやすい誤った考えの矯正も行います。
薬物療法による治療
薬物療法は、PTSDの様々な症状による苦痛や不快感を軽減させるために行われます。例えば、夜なかなか寝付けない、眠っても眠りが浅く何度も目がさめてしまうといった不眠症状に対しては睡眠薬を、また、気持ちが冴えず何もやる気がしないなど、気分の強い落ち込みに対しては抗うつ薬を処方します。適切な服薬で感情の波を上手くコントロールしながら、元の生活を取り戻せるようにサポートしていきます。
PTSDは上記の治療法により完全に症状がなくなるか、日常生活に支障が出ない程度まで症状をしっかり軽減することが期待できます。PTSDからの回復のスピードは症状の深刻さと比例しますが、次のようなPTSDが慢性化しやすいケースについては注意が必要です。
・家族や友人などからのサポートの欠如
・発症までの期間が長い
・生活環境のストレスが大きい
・アルコールなど脳に作用する物質の乱用
・うつ病など他の心の病気の存在
PTSDの症状を重症化させず、より早く回復するためには、家族や友人からの理解やサポートは大切です。また、ストレス時の症状悪化を防止するために、深呼吸、有酸素運動など、自分に合ったストレス軽減法を身につけることも効果的です。
最後にPTSDの症状が出たときに大切なのは、この病気の特徴と症状を知っておくことです。深刻なトラウマ体験を頻繁に悪夢で見るようになった場合、自分の身に何が起きているのかの見当がつくのとつかないとでは、早期治療の観点からも大きな差があります。PTSDという病気の存在を知らず、苦悩を抱え込んでしまうと、かえって症状も悪化しやすく、回復までより多くの時間がかかってしまいます。一方、もしも自分が体験している症状が、深刻なトラウマ後は誰にでも起こり得る可能性のあるPTSDと呼ばれる心の病気であり、治療を受けることによって以前と同じような生活レベルを回復できることを知っていれば、すぐ精神科を受診し、治療を開始することにつながり、より良好な回復が望めるはずです。ご自身や周りの方が、PTSDに似た不安な症状を抱えている場合は、一度精神科を受診して医師の診断を受けるようにしてください。