目次
1. 視覚障害の基本
ここでは中途視覚障害者について説明しますが、その前に視覚障害の基本的なことを押さえておきましょう。
視覚障害は先天的、あるいは後天的な病気やケガなどで視覚機能の一部、または全部が失われ、見ることに支障を来している状態のことを指します。
視覚障害者は大雑把に分けると、視覚障害はあるが主に眼からの情報を使って生活できる弱視と、視覚機能をほぼ使えない全盲とに分かれます。
見え方の違いについて
弱視の人の見え方には、視力の低下、視野が狭くなるなど、いろいろな状態があります。さらに、まぶしさや薄暗いところでは見えにくいという、夜盲などの症状が合わさっていることもあります。視力が低いため拡大鏡などで大きくして読む人、視野の中心が無くなり文字が読めなくなったものの、周辺の視野を使って慣れた道を問題なく歩く人、視野の周辺の視野が無くなり中心の視野を見ながら歩行するので障害物や人にぶつかってしまう人、それらの状態にまぶしさや夜盲などの症状が加わった人など、様々です。
また全盲の人でも、光を感じる機能(光覚)を使って昼間なら白杖を使わなくてもある程度歩ける人もいます。
このように一口に全盲・弱視とひと括りにはできず、見え方も様々であることがわかります。
視覚障害者の数
WHOによれば、世界中で推計2億5300万人、日本には約164万人の視覚障害者がいるといわれています。
この中には身体障害者手帳の所持者の数に加え、それ以外に潜在的な視覚障害者も含まれます。
視覚障害になるということ
身体障害者手帳を持たない人たちの中には、加齢によって徐々に視力が衰えて、これまでできていたことができなくなったとしても、その状況に慣らされてしまう、あるいは「老いとはそういうもの」とその状況を受入れてしまい、自身が「視覚障害者」に該当する状況であることを自覚することが難しいのではないか、とも想像します。また、身体障害者手帳を所持するということは、「障害者」であると自覚することでもあり、それに抵抗する方もいるのではないかと思われます。
中途視覚障害とは
中途視覚障害とは、生まれつきではなく人生の途中で病気や事故などの原因により視機能が著しく低下し、日常生活に支障をきたすことをいいます。
こどものころに失明した人を指すこともありますが、一般的には15歳から60歳ぐらいのいわゆる就労年齢にあたる時期に視覚機能に障害を負った方を指すことが最も多いようです。
現在、日本は超高齢社会となっています。視覚障害者の場合、68.9%が65歳以上であることから、中途視覚障害者が多く、高齢になるにつれて視覚障害になるリスクも高くなります。
中途失明の原因、1位は緑内障、2位は網膜色素変性症、3位は糖尿病網膜症で、その他には事故や災害によるものなどがあります。
「人ごと」と思われるかも知れませんが、これを読んでいるみなさんも、いつかこれらの原因によって視覚障害になる可能性はないとはいいきれません。
2.視覚障害者の教育について
視覚障害は情報障害とも言われています。 先天性の視覚障害者の場合、手や耳の感覚が優れている就学時より点字や画面音声化機能を含めたIT機器といったものから情報を受け取ったり送ったりする手段を、教育によって獲得します。したがって習熟が早くまた適応力も高くなり、大人になってからも仕事やプライベートなどでそれらを活用するシーンも多くなります。 しかし大人の、特に中途視覚障害者の場合、見えなくなってからそれらを学んでもこどものときよりも感覚が鈍くなっているために習得に時間がかかり、情報を得るのが遅れてしまいます。そのため、盲学校(以下視覚特別支援学校と言う)や医療機関、福祉サービスといった支援機関との適切で密接な連携が求められています。 そもそも、わが国における視覚障害者と職業リハビリテーションの関係は、江戸の初期にさかのぼることができます。明治に入り盲教育が開始されましたが、職業教育としてはじめに取り上げられたのが理療(按摩・鍼・灸)と音楽でした。 視覚障害教育の中心は当初から職業教育に置かれ、理療師養成が主たる教育内容となっていました。第二次大戦後、視覚特別支援学校の義務教育化を経て今日に至るまで理療業は視覚障害者の自立を支えてきたのです。しかし理療業が重要視されていたころとは異なり、近年では社会全体で生き方が多様化し、また職業選択の自由による幅が広がったことで、視覚特別支援学校でも社会のニーズに対応するため多様な教育が求められています。 そのうえで視覚特別支援学校の近年の在籍者状況を見ると、中途障害生徒の占める割合が、急速に高まる傾向にあり、その果たす役割や目的もそれに応じて変わりつつあります。
3.日常生活動作(ADL)に関すること
中途視覚障害者は、見えていたころに出来ていた日常生活の動作を見えない状態で行うために、今までとは違った工夫や努力、支援器具の活用など、自分に合った方法を自分で考え見つけ出すことが求められます。 これらの訓練に際しては、環境やニーズに応じて専門の訓練機関などとも連携して進めることが望まれます。 以下に視覚障害者の工夫の一例をご紹介します。
視覚障害者が、一般の人とまったく同じ方法で調理を行うことには困難があります。しかし、便利な器具を用いたり、方法を工夫したり、一般の人が目で見て確認するところを聴覚や嗅覚、触覚を活用することで、調理をすることができます。例えば、ハンバーグなどの焼け具合は、焼き色が見えなくても、匂いの変化や、箸で軽く押した時の弾力、油がはねる音などで判断することができます。また、1回押せば一定量の液体が出る調味料の容器や、音声が出る秤、2分の1カップ、4分の1カップの液体をきっかり計ることができる計量カップも市販されています。さらに、最近ではガスコンロや電磁調理器、電子レンジ、トースター、電気炊飯器などの調理家電や、洗濯機などの家電製品は、点字や音声ガイドがついた製品が増えて視覚障害者にも使いやすくなってきています。また使いやすいシンプルな製品を選び、触って確認できる目印を自分で貼り付けたりするなど、自分なりの工夫の方法を見つけることも大切です。
必要なものは決められた場所に置き使用後は元の場所に戻す習慣づけをすると、視覚障害のひとは物を探しやすくなります。またいつもは置いていない場所に物が置いてあるとそれにつまずいてしまうことがあります。視覚障害の方は、障害物を発見しにくいので、室内であっても不要なものを床に置かないようにします。
4.視覚障害者と接するときの工夫
このように視覚障害者は様々な工夫と努力によって、他の人と何ら変わらない生活を送っています。ですがどうしても難しいことが存在するのも事実で、そのようなとき周りにいる人のあたたかな手助けがとても心強く感じます。ここでは視覚障害を持った人と接するときに気を付けた方がいいことをご紹介します。
5.視覚障害者の就職
ごく最近まで視覚障害者の仕事といえば按摩・マッサージ・指圧師、鍼師・灸師としての開業あるいは就職(治療院、病院、企業のヘルスキーパー)など、限られた選択肢しかありませんでしたが、ITの進歩や障害者理解の促進などにより、事務やプログラミングを活用した仕事での就職も徐々に増えてきています。中途視覚障害者も訓練と工夫や努力次第で、これらの仕事で活躍できる可能性が十分にあります。 視覚障害者はもともと視覚以外の感覚が晴眼者よりも優れているといわれています。 会議の音声を聴きパソコンで文字に起こす「文字起こし」や、繊細で器用な手先を使った書類のファイリング・封入作業などは本来、視覚障害者の能力を最大限に発揮できる仕事といえます。 他にも自分の得意な分野を生かして、学校の教師、音楽家、声優・ナレーター、弁護士などでも活躍している人がいます。
・マラケシュ条約について
第198回国会において「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」(読書バリアフリー法)が成立し、2019年(令和元年)6月28日に施行されました。マラケシュ条約は、読書バリアフリー法のもととなった条約です。ここでは、読書バリアフリー法をより深く理解するための歴史的背景としてマラケシュ条約を説明します。 マラケシュ条約は、2013年6月27日に採択された著作権などに関する国際条約です。正式名称は「盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約」と言います。視覚障害者のために著作物の利用機会を促進することを目的に作られました。・マラケシュ条約の内容
マラケシュ条約とは、視覚障害者の障害が理由で本を読む機会が制限されないよう環境を整えるために締結されたものです。世界盲人連合(WBU=World Blind Union)によると、出版される書籍のうち視覚障害者の方に必要な点字、録画図書、アクセシブルな電子書籍などの形式で利用できるものは、途上国において1%以下、先進国でも7%ほどにすぎません。障害に対応した書籍がなく、多くの読書の機会を奪われているこのような状況を「書籍飢餓」と名付けられています。マラケシュ条約はこの「書籍飢餓」を解消し、障害のある人の書籍利用機会の促進を目指すものです。 《特徴的な条項》・マラケシュ条約締結の背景
マラケシュ条約の背景には、視覚障害やその他の理由で通常の書籍が読めない方が利用できる様式の書籍が、一般市場では、手に取ることができないという状況があります。その理由は、出版会社にとって点字や音声による書籍の販売は、ビジネスとしての利益性が低いということがあげられます。また、点字図書館などが製作した図書についても、国内の著作権制限に基づき製作されているため、国外に流通させることができませんでした。そこで、視覚障害者等のために著作権制限・例外の規定のもとアクセシブルな図書を製作できること、そしてそれらアクセシブルな図書が国境を超えて共有できるようになることにあります。これら2つのことを実現するために国際的な枠組みとしてマラケシュ条約が締結されました。・マラケシュ条約の歴史
マラケシュ条約案の交渉が開始されたのは、2009年のことでした。条約案を交渉したのは、「知的所有権のサービス、政策、情報、協力のためのグローバルなフォーラム」である国連の専門機関、世界知的所有権機関(WIPO= World Intellectual Property Organization)でした。「マラケシュ条約」という名称は、この交渉が2013年6月27日にモロッコのマラケシュにおいて採択されたことから来ています。なお、条約の効力が発生したのは採択から3年後の2016年9月30日です。 なお、日本では2018年4月25日の国会にてマラケシュ条約が承認され、同年10月1日に世界知的所有権機関の事務局省へ加入書を寄託しました。マラケシュ条約の規定に従い、2019年1月1日に日本においてマラケシュ条約の効力が発生しました。 2021年3月末時点では、マラケシュ条約を締結しているのは、世界79ヶ国です。
・マラケシュ条約で何が変わるか
マラケシュ条約を締結すると視覚障害者等のために著作権保護に例外が生まれます。本来であれば、書籍の複製は各国の著作権法に違反しますが、マラケシュ条約を締結していることで、各国の著作権保護に例外が生まれ、点字図書や音声読み上げ図書などの視覚障害者が利用しやすい様式の複製物が作成しやすくなります。・国を超えた書籍の交換が可能になる
1冊の本を点字化するには、膨大な時間と労力が掛かります。通常の書籍を読めない方が利用できる書籍を作成するには、時間もコストも発生し、それだけ書籍に触れる機会が損失していることになります。しかしマラケシュ条約により、点字図書館等の権限を与えられた機関が作成した書籍であれば、国境を超えた複製物の交換が可能となります。つまり、マラケシュ条約を締結しているいずれかの国が書籍を作成すれば、締結国内でその複製物を広く流通させることができるのです。そうすることで視覚障害者等が利用しやすい様式の書籍作成が効率化され、多くの書籍を利用することができるようになります。
・条約のこれから
マラケシュ条約の意義は、視覚障害やその他理由で通常書籍が読めない人の書籍利用機会を促進することにあります。しかしマラケシュ条約が採択されたとしても、多くの国がマラケシュ条約を締結し、利用しやすい様式の書籍作成・複製・交換を実践していかなければ、視覚障害者たちの「書籍飢餓」の状況が変わることはありません。そのため今後は、マラケシュ条約の締結国を増やすこと、そして最終的に書籍不足を解消するため出版社がアクセシブルな書籍を出版することが求められます。なお、日本においては2010年から国内著作権法第37条により、出版社や著作者の許可なしに書籍をアクセシブルな様式にすることが可能となりました。しかし国内書籍のアクセシブル化だけでなく、よりグローバルな観点から視覚障害のある方が広く書籍に触れる機会提供のシステム作りが必要となります。
・最後に……
書籍から知識や娯楽を得る権利は、誰しも平等に持つものです。しかし、視覚障害やその他の理由で通常の書籍が読めない方も多く、その人たちのための書籍は広く流通しているわけではありません。この格差を解消すべく、著作権の制限・例外を認め、国境を超えてアクセシブルな書籍の流通を可能にするために、これからもマラケシュ条約の意義は増々注目されることでしょう。Q3. 街中で視覚障害者を見かけたらどうしたらいいですか? またどのようなことに気を付けたらいいですか?