虐待が疑われる事案があった場合の対応(令和6年7月「手引き」より その4)

1 虐待が疑われる事案があった場合の対応

障害者福祉施設等で利用者への虐待が疑われる事案があった場合は、障害者虐待防止法16条に規定されている通報義務に基づき、虐待を受けた利用者の支給決定をした市町村の窓口に通報します。この時に、市町村に通報することなく、施設の中だけで事実確認を進め、事態を収束させてしまうと通報義務に反することとなるため、必ず市町村に通報した上で行政と連携して対応を進めます。また、内部的には法人の理事長に報告し、必要に応じて臨時理事会の開催について検討します。
同法第16条の通報義務は、障害者虐待を受けたと思われる障害者を発見した者に対して、速やかな市町村への通報を義務付けていますので、利用者の家族等施設の中で障害者虐待を発見した者や、同じ障害者福祉施設等の職員が、市町村に直接通報することも想定されています。
その場合、管理者は、虐待を受けた障害者のためにも、障害者福祉施設等の支援の改善のためにも、行政が実施する訪問調査等に協力し、潜在化していた虐待や不適切な対応を洗い出し、事実を明らかにすることが求められます。

2 通報者の保護

障害者福祉施設等の虐待を発見した職員が、直接市町村に通報する場合、通報した職員は、障害者虐待防止法で次のように保護されます。

  • 刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、障害者福祉施設従事者等による障害者虐待の通報を妨げるものと解釈してはならないこと(障害者虐待防止法第 16 条第 3 項)。
  • 障害者福祉施設従事者等による障害者虐待の通報等を行った従業者等は、通報等をしたことを理由に、解雇その他不利益な取扱いを受けないこと(第 16 条第 4 項)。
    (通報が虚偽であるもの、および一般人であれば虐待であったと考えることに合理性がない「過失」による場合は除きます。)

したがって、障害者虐待に関する通報をしたことを理由として、解雇や不利益な取扱いに該当する法律行為が行われた場合においては、当該行為は民事上無効と解されます。
なお、平成18年4月から公益通報者保護法が施行されており、労働者が、事業所内部で法令違反行為が生じ、または生じようとしている旨を、①事業所内部、②行政機関、③ 事業所外部に対して所定の要件を満たして公益通報を行った場合(例えば行政機関への通報を行おうとする場合には、①不正の目的で行われた通報でないこと、②通報内容が真実であると信じる相当の理由があること、の2つの要件を満たす場合)、通報者に対する保護が規定されています。施設においては、通報先や通報者の保護について日頃から職員に周知し、理解を進めることが必要となります。

ところが、障害者虐待防止法施行後、虐待通報した職員に対して、施設側が損害賠償請求を行うという事案が発生しています。虐待通報された事により施設の社会的信用が低下し、不利益を受けたことが理由とされました。しかし、その後の経過において、施設側の不利益は認定されず、さらに信用を低下させる結果となり、事業所の廃止に至った事例もありました。適切に通報した職員に対して、通報したことを理由に施設側から損害賠償請求を行うことは、適切に通報しようとする職員を萎縮させることにもつながりかねないものであり、通報義務や通報者の保護を定めた障害者虐待防止法の趣旨に沿わないものです。
施設の設置者・管理者等は障害者虐待防止法の趣旨を認識するとともに、通報義務に基づいて適切に虐待通報を行おうとする、または行った職員等に対して解雇その他不利益な取扱いをすることがないよう、通報等を理由とする不利益な取扱いの禁止措置や保護規定の存在について理解を深めることが必要です。

3 市町村・都道府県による事実確認への協力

障害者福祉施設従事者等による障害者虐待の通報・届出があったときは、市町村及び都道府県が、事実を確認するために障害者やその家族、障害者福祉施設等関係者からの聞き取りや、障害者総合支援法や社会福祉法等の関係法令に基づく調査等を速やかに開始することとなります。
そのため、調査に当たっては、聞き取りを受ける障害者やその家族、障害者福祉施設等関係者の話の秘密が守られ、安心して話せる場所の設定が必要となりますので、適切な場所を提供してください。また、勤務表や個別支援計画、介護記録等の提出等が求められますので、これらに最大限協力しなければなりません。
なお、障害者総合支援法の規定により市町村長、都道府県知事が調査権限に基づいて障害者福祉施設等に対して報告徴収や立入検査を行う場合、質問に対して虚偽の答弁をしたり、検査を妨害したりした場合は、障害者総合支援法の規定により指定の取消し等(第 50 条第1項第 7 号及び第 3 項、第 51 条の 29 第1項第 7 号及び第 2 項第 7 号)や 30 万円以下の罰金(第 111 条)に処することができることとされています。これらの規定についても十分理解した上で、市町村、都道府県の事実確認調査に対して誠実に協力してください。

4 虐待を受けた障害者や家族への対応

虐待事案への対応に当たっては、虐待を受けた利用者の安全確保を最優先にします。虐待を行った職員がその後も同じ部署で勤務を続けることによって、虐待を受けた利用者が不安や恐怖を感じ続けるような事態等を起こさないため、法人の就業規則等を踏まえた上で配属先を直接支援以外の部署に変更することや、事実関係が明らかになるまでの間、出勤停止にする等の対応を行い、利用者が安心できる環境づくりに努めます。
また、事実確認をしっかりと行った上で、虐待を受けた障害者やその家族に対して障害者福祉施設等内で起きた事態に対して謝罪も含めて誠意ある対応を行います。虐待事案の内容によっては、法人の理事長等役職員が同席した上で家族会を開き、説明と謝罪を行い信頼の回復に努める必要があります。

5 原因の分析と再発の防止

厚生労働省の「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果報告書では、虐待の発生要因を「教育・知識・介護技術等に関する問題」「職員のストレスや感情コントロールの問題」「倫理観や理念の欠如」「虐待を助長する組織風土や職員間の関係性の悪さ」「人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ」の5つに分類しています。それによると、「教育・知識・介護技術等に関する問題」が最も多く、次いで「職員のストレスや感情コントロールの問題」「倫理観や理念の欠如」があります。また、組織の課題として「虐待を助長する組織風土や職員間の関係性の悪さ」や「人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ」も原因として挙げられています。
この要因は、サービス種別によって異なっており、生活介護や就労継続支援B型、放課後等デイサービスでは「教育・知識・介護技術等に関する問題」、障害者支援施設では、「職員のストレスや感情コントロールの問題」が高くなっており、共同生活援助では、これらに加え「倫理観や理念の欠如」も高くなっています。これを虐待類型別で見ると、身体的虐待や心理的虐待、放棄・放置(ネグレクト)では「教育・知識・介護技術等に関する問題」が最も高く、性的虐待や経済的虐待では「倫理観や理念の欠如」が最も高い要因として挙げられています。
虐待を行った職員に対しては、虐待を起こした背景について聞き取り、原因を分析します。虐待は、一人の職員が起こす場合もあれば、複数の職員が起こす場合もあります。また小さな不適切な対応が積み重なってエスカレートし、やがて大きな虐待につながってしまう等のケースも考えられるため、経過の把握も必要です。さらに、虐待があることを知りながら見て見ぬふりをしてしまった職員がいる場合、職員相互の指摘ができないような支配的な力関係が職員の間に働いている場合もあります。その他、職員が行動障害等の知識や対応の技術が不十分で、力で抑え込むことしかできなかった場合も考えられます。さらに、管理者等役職者が虐待を行っているのではないかと指摘を受ける場合もあるかもしれません。これらを客観的に分析するためには、虐待防止委員会だけでなく、第三者的立場の有識者にも参加してもらって検証委員会を立ち上げること等も考えられます。その過程で、複数の障害者福祉施設等を運営する法人の中で組織的に行われたと思われる虐待事案については、同一法人の他障害者福祉施設等への内部調査を検討することも考えられます。
虐待が起きると、施設は利用者や家族からの信頼を失うとともに、社会的な信用が低下し、虐待に関わっていなかった職員も自信を失ってしまいます。失ったものを回復するためには、事実の解明や改善に向けた誠実な取組と長い時間が必要になります。
虐待が起きてしまった原因を明らかにし、どうしたら虐待を防ぐことができたのかを振り返るとともに、行政の改善指導等に従い、今後の再発防止に向けた改善計画を具体化した上で、同じ誤りを繰り返すことがないように取り組むことが支援の質を向上させるだけではなく、職員が自信を取り戻し、施設が利用者や家族からの信頼を回復することにもつながります。

6 個別支援計画の見直しとサービス管理責任者等の役割

サービス管理責任者、児童発達支援管理責任者(以下、「サービス管理責任者等」という)は、個別支援計画の作成に当たっては、適切な方法により、利用者について、その有する能力、その置かれている環境、および日常生活全般の状況等の評価を通じて利用者の希望する生活や課題等の把握を行い、利用者が自立した日常生活を営むことができるように支援する上での適切な支援内容の検討をしなければなりません。
虐待が起きた際は、虐待を受けた利用者の安全確保が最優先し、利用者が安心できる環境をつくり、虐待を受けた障害者や家族に誠意ある対応を行います。
その上で、その原因を明らかにし、どうしたら虐待を防ぐことができたのかを振り返ることになります。サービス管理責任者等は、「個別支援計画」と「記録」をもとに事実の記録をつくります。本人にどのような対応が適切であるのか、本人の意思、および人格を尊重して、家族、担当職員等と事実を共有、分析して個別支援計画をつくります。その際、相談支援専門員による「サービス等利用計画」と連動させ、行政職員による改善指導や有識者による指導、助言を受けることで虐待の再発を防ぎ、より良質な支援の提供を行うことを目指します。

7 虐待した職員や役職者への処分等

事実の確認と原因の分析を通じて虐待に関係した職員や施設の役職者の責任を明らかにする必要があります。刑事責任や民事責任、行政責任に加え、道義的責任が問われる場合がありますので、真摯に受け止めなくてはなりません。
さらに、法人として責任の所在に応じた処分を行うことになります。処分は、労働関連法規、および法人の就業規則の規定等に基づいて行います。また、処分を受けた者については、虐待防止や職業倫理等に関する教育や研修の受講を義務付ける等、再発防止のための対応を徹底して行うことが求められます。







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