目次
1 虐待を受けたと思われる障害者を発見した場合の通報義務
障害者福祉施設従事者等によって虐待を受けたと思われる障害者を発見した者は、速やかに、市町村に通報する義務があります(第 16 条)。「虐待を受けたと思われる障害者を発見した」場合とは、障害者福祉施設従事者等から明らかに虐待を受けた場面を目撃した場合だけでなく、虐待を受けたのではないかと疑いを持った場合は、事実が確認できなくても通報する義務があることを意味しています。発見者は、障害者福祉施設等の外部の人である場合もあると思いますが、障害者福祉施設等の内部の職員である場合も少なくないと思われます。その場合も通報の義務があることは同様です。また、障害者福祉施設等の管理者やサービス管理責任者等が、障害者福祉施設等の内部で起きた障害者虐待の疑いについて職員から相談を受けた場合、職員からの相談内容や虐待を受けたとされる障害者の様子等から、虐待の疑いを感じた場合は、相談を受けた管理者等も市町村に通報する義務が生じます。
すなわち、障害者虐待防止法が施行された現在、障害者福祉施設等で障害者虐待があったと思われる場合は、誰もが市町村に通報する義務を有することになります。こうした規定は、障害者虐待の事案を障害者福祉施設等の中で抱え込んでしまうことなく、市町村、都道府県の事実確認調査を通じて障害者虐待の早期発見・早期対応を図るために設けられたものです。 しかし、報道事例にあるように、通報義務が適切に果たされない場合があります。設置者、管理者が自ら虐待行為を行っていた事例や、職員が施設等の内部で障害者虐待があることについて報告したにも関わらず、設置者、管理者が通報義務を果たさず、「不適切な支援」という言葉に言い換えて内部の職員指導のみで終わらせたり、事実を隠蔽しようとして通報義務を果たさなかったりした事例においては、職員や元職員による通報(内部告発)によって行政の事実確認調査につながったものが少なくありません。
「都道府県・市区町村における障害者虐待事例への対応状況等調査」では、虐待があった施設の職員や管理者・設置者が、自ら正直に虐待通報する例は着実に増えています。一方、虐待があった施設の元職員が通報する例も、毎年一定の件数あります。これらは、在職中に虐待を通報できなかったためと考えられます。その背景には、虐待を容認したり、正しい行いを否定したりするような組織風土から、通報したことが施設に分かってしまうと、
管理者・設置者や同僚の職員から不利益な取り扱いを受けるのではないかという怖れを抱かせるような環境があることが考えられます。
虐待を通報することに諦めを感じさせたり、事実を隠蔽しようとしたりした結果、管理者・設置者を法人や施設等の運営に関与させないとする行政指導が行われ、管理者・設置者の刷新が行われることになります。
つまり、虐待を正直に通報することは、虐待を受けた障害者や家族のみならず、虐待をした職員、虐待に気づいた職員、管理者・設置者など、全ての人を救うことにつながります。
2 立ち入り調査等の虚偽答弁に対する罰則
障害者総合支援法では、市町村・都道府県が同法に基づく職務権限で立ち入り調査を行った場合に、虚偽の報告若しくは虚偽の物件の提出、虚偽の答弁等を行った者を 30 万円以下の罰金に処すことができると規定されています(障害者総合支援法第 110 条、第 111 条)。報道の事案では、警察が虐待を行った職員を傷害、暴行の容疑で地方検察庁に書類送検し、併せて行政の立ち入り調査に対し、虐待をしていないと虚偽答弁をしたとして、職員を障害者総合支援法違反容疑でも送検したとされています。
また、障害福祉サービス事業所で発生した暴行事件の目撃証言が記載された書面などをシュレッダーで廃棄し、証拠を隠滅したとして法人職員が逮捕され、証拠隠滅罪で罰金 30万円の略式命令を受けたという事案もあります。
これらの深刻な虐待に至ってしまった事案について、もし、虐待に気付いた段階で適切に通報することができていれば、行政による事実確認と指導等を通じて、その後の虐待の再発防止に取り組むことができ、取り返しがつかないような事態には至らなかったのではないかと考えられます。
障害者福祉施設従事者等における障害者虐待が起きてしまった場合の対応の基本となるのは、「隠さない」「嘘をつかない」という誠実な対応を管理者等が日頃から行うことです。
3 通報後の通報者の保護
虐待を発見した職員が通報を躊躇する一因として、通報したことが所属団体にわかってしまい不利益を被るのではないか、所属事業所が調査によって混乱し、利用者に迷惑がかかるのではないか、という心理的抑制が働いています。この心理的抑制を軽減するためにも、通報する際の通報方法として匿名でも可能なことや、自分の身元が分からないように通報できることを研修等を通じて伝えていかなければなりません。また個人情報を出した上で通報した場合に、市町村からの聴取によって通報者が所属団体に特定されるのではないかということについても、個人が特定されないように配慮をもって聴取されることを伝えるのも心理的負担の軽減につながります。そして、通報があった事業所がそれを契機に利用者支援が改善しているという事実を含め、通報することが利用者にとって有益でもあることを認識することが重要だといえます。
4 虐待防止の責務と障害者や家族の立場の理解
知的障害等で言葉によるコミュニケーションを行うことが難しい人は、多くの場合職員から行われた行為を説明することができないため、仮に虐待を受けた場合でも、そのことを第三者に説明したり、訴えたりすることができません。入所施設で生活した経験のある障害者の中には、「いつも、職員の顔色を見て生活していた。例えば、食事や排せつに介助が必要な場合、それを頼んだ時に職員が気持ちよくやってくれるのか、不機嫌にしかやってもらえないのか、いつも職員の感情を推し量りながら頼んでいた」と言う人もいます。
さらに、サービスを利用している障害者の家族も、「お世話になっている」という意識から、障害者福祉施設等に不信を感じた場合でも、「これを言ったら、疑い深い家族と思われないだろうか。それぐらいなら我慢しよう」と、障害者福祉施設等の職員に対して、思っていることを自由に言えない立場に置かれていることが考えられます。障害者福祉施設等の管理者や職員は、自身が行うサービスによって、利用者である障害者や家族にこのよう
な意識を働かせていることを常に自覚し、虐待の防止に取り組む必要があります。
そのため、法人の理事長、障害者福祉施設等の管理者には、障害者福祉施設等が障害者の人権を擁護する拠点であるという高い意識と、そのための風通しのよい開かれた運営姿勢、職員と共に質の高い支援に取り組む体制づくりが求められます。障害者虐待防止法第15 条においても、障害者福祉施設の設置者または障害福祉サービス事業等を行う者は、職員の研修の実施、利用者やその家族からの苦情解決のための体制整備、その他の障害者虐待の防止のための措置を講じることと規定されており、法人や障害者福祉施設等の支援理念を明確に掲げ、虐待防止に対して責任をもって対応する担当者、組織(虐待防止のための委員会)、防止ツール(マニュアル、チェックリスト等)の整備に具体的に取り組む事が必要となります。人権意識は、リーダーである管理者のゆるぎない意識と姿勢により組織としても醸成されるものです。
また、障害者虐待の防止を考える上で、障害者福祉施設等の職員は、障害者やその家族が置かれている立場を理解する必要があります。人権意識や支援技術の向上という職員一人ひとりの努力とともに、組織として、安心、安全な質の高い支援を提供する姿勢を示さなければなりません。
なお、障害者虐待防止法では、虐待が起きないよう未然の防止のための取組や、起こった場合の措置や対応について規定していますが、虐待防止の前に利用者のニーズを充足し、望む生活に向けた支援を行うことが基本です。入所施設での環境調整はもちろん、在宅生活でも利用サービスを変更する等環境を変えることによって行動障害が軽減し、そのことが結果的に虐待防止につながることもあります。障害者福祉施設等の職員は、支援の質の
向上はもちろんのこと、利用者や家族の意向を踏まえて他のサービスにつなぐことも視点として持っておく必要があります。
5 虐待を防止するための体制について
虐待事案があった事業所に共通したマネジメント・ガバナンス・組織運営の課題が見られます。以下、その課題をまとめてみました。
ガバナンス |
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利用者支援 人材育成 |
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(一般社団法人大阪知的障害者福祉協会「障がいのある人の尊厳を守る虐待防止マニュアル」)
理事長・管理者の責務の一つは、明確な組織としての「理念」(なぜ組織は存在するのか)、「ミッション」(何を成すべきなのか)を示し、その「理念」と「使命」に基づく長・中期計画(ビジョン・未来のあるべき姿)を策定し、PDCAサイクルを回し続ける組織的運営をすることにあります。
しかし、どんなに立派な「理念」や「ミッション」「ビジョン」があっても、それを実現するのは職員です。理事長・管理者の二つ目の責務は、現場力を高めること、人材育成です。人材育成を組織的に行うには、組織的計画的な人材の採用と育成、対人援助専門職としての倫理と価値を自覚した質の高いサービス提供ができる対人援助技術習得のための研修の提供です。人材育成の基本は、OJTを基本としたスーパーバイザーによるスーパービジョンです。スーパーバイザーの養成が求められますが、外部スーパーバイザーによるスーパービジョンも一つの方法としてあります。
障害者福祉施設等は、「障害者の日常生活および社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害者支援施設等の人員、設備及び運営に関する基準」や 「障害者の日常生活および社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害福祉サービスの事業所等の人員、設備及び運営に関する基準について」(以下「運営基準」という。)に従うことが義務付けられています。
令和4年4月から障害福祉施設等の運営基準に基づき、虐待の発生またはその再発を防止するため、新たに以下の措置を講じることが義務化されました。
- ア 虐待の防止のための対策を検討する委員会を定期的に開催すると共に、その結果について、従業者に周知徹底を図ること。
- イ 従業者に対し、虐待の防止のための研修を定期的に実施すること。
- ウ アとイに掲げる措置を適切に実施するための担当者を置くこと。
また、障害者福祉施設等の運営についての重要事項に関する運営規程に、虐待の防止のための措置に関する事項を定めなくてはならないこととされています。具体的には、
- ア 虐待の防止に関する担当者の選定
- イ 成年後見制度の利用支援
- ウ 苦情解決体制の整備
- エ 従業者に対する虐待の防止を啓発・普及するための研修の実施(研修方法や研修計画等)
- オ 虐待防止委員会の設置等に関すること等を指します。
さらに、令和6年度障害福祉サービス等報酬改定においては、施設・事業所における障害者虐待防止の取組を徹底するため、障害者虐待防止措置を未実施の障害福祉サービス事業所等について、虐待防止措置未実施減算(所定単位数の1%を減算)が創設されました。
理事長、管理者の責任の明確化と支援方針の明示は、職員の取組を支える大切な環境整備となります。そして、職員に会議等機会あるごとに支援方針を確認し浸透させ徹底させることが必要です。また、職員に対してだけでなく、利用者の家族、外部の見学者等に対しても、重要事項説明書や障害者福祉施設等のパンフレット(要覧等)への記載を通じて周知することが必要です。
上記の運営ルールに基づいて、障害者福祉施設等は以下に記載するような、虐待防止のための担当者や、内部組織(虐待防止のための委員会)を設置すること、防止ツール(マニュアル、チェックリスト等)の整備の他、人材育成等の体制整備を進めることになります。
運営基準に基づく「虐待を防止するための措置」として、虐待防止委員会の設置等、必要な体制の整備が求められます。
虐待防止委員会の委員長は、通常、管理者が担うことになります。また、虐待防止委員会を組織的に機能させるために、各サービス事業所のサービス管理責任者やサービス提供責任者、ユニットリーダー等、各事業所や現場で虐待防止のリーダーになる職員を虐待防止マネジャー(または責任者)として配置します。
また、複数事業所があり、虐待防止マネジャーが複数名配置されている場合は各事業所間、マネジャー間で虐待への認識の相違が起きないように、相互確認を行い、複数名で同一現場を確認ながらチェックリストを用いて、基準を統一することなどがポイントとなってきます。総務部門等のスタッフ部門がある法人については、金銭の管理、施設内環境等が適切に運用されているかを巡回することによって利害関係を持ち合わせない第三者的視点を自法人内で増やすために有効です。スタッフ部門がない法人については、前述の手段のほかに、職員の1日交換研修をおこなったりし、研修報告書に合わせて、自事業所と研修先事業所の権利擁護や意識、虐待が起こりやすい状況等を現場の肌感覚で相互にフィードバックすることも有効です
〇障害福祉サービス事業所における虐待防止委員会の例
虐待報道の事例にある施設の検証委員会では、報告書の中で施設の虐待防止体制の整備・運用の問題について、「施設においては、職員に対し虐待防止・権利擁護に関する研修を実施するとともに、虐待防止委員会を設置する等、形の上では虐待防止体制を整備していた。しかし、虐待が疑われる場合、市町村等への通報が求められているにもかかわらず、それを前提とした虐待防止体制が作られていなかった。また、一部の職員は障害特性や行動障害のみならず、権利擁護についての理解が不足していた。幹部職員も、虐待防止に向け具体的な対策を採ろうとする意識が欠けていた」と指摘しています。
虐待防止委員会には、虐待防止マネジャーの他利用者の家族、各法人等で取り組まれている苦情解決の仕組みで設置されている第三者委員等の外部委員を入れてチェック機能を持たせる等、形骸化しないように実効的な組織形態にする必要があります。
なお、こうした取組が小規模事業所においても過剰な負担とならないようにするため、令和3年度の障害者総合福祉推進事業において、小規模事業所における望ましい取組方法(体制整備や複数事業所による研修の共同実施等)について調査研究を行い、令和4年3月に事例集としてまとめています。
カテゴリ | 効果的と考えられる取組ポイント |
研修の実施 |
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虐待防止委員会の開催 |
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指針の整備 |
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委員会には、「虐待防止のための計画づくり」、「虐待防止のチェックとモニタリング」、「虐待(不適切な対応事例)発生後の検証と再発防止策の検討」の3つの役割があります。
第1の「虐待防止のための計画づくり」とは、虐待防止の研修や、虐待が起こりやすい職場環境の確認と改善、ストレス要因が高い労働条件の確認と見直し、マニュアルやチェックリストの作成と実施、掲示物等ツールの作成と掲示等の実施計画づくりです。
〇 労働環境・条件メンタルヘルスチェックリスト
改善 不要 |
改善 不要 |
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残業時間が多くならないように配慮されているか、または管理されているか | ||
休日出勤はあるか、あっても多くなっていないか | ||
休憩する時間と場所が確保されているか | ||
年休は法定以上付与され義務日数以上取得している、且つ取得しやすい状況であるか | ||
宿直は法定回数以内、宿直環境が整っているか | ||
宿直は法定回数以内、宿直環境が整っているか | ||
勤務後の次の勤務までのインターバルは十分か(遅番の後の早番はないか等) | ||
上司・同僚などからフォローを受けられるか、または相談できるか | ||
人員配置や仕事量は適切に行われ、特定の人に負荷が偏っていないか | ||
各々の力量にあった難易度の仕事が割り振られているか | ||
指示命令系統は明確になっているか | ||
業務の内容や方針にしっかりとした説明があるか |
第2の「虐待防止のチェックとモニタリング」とは、虐待防止の取組の実施プロセスです。チェックリストにより、委員会によって虐待が起こりやすい職場環境の確認を行い、また各職員が定期的に自己点検し、その結果を虐待防止マネジャー(サービス管理責任者等)が集計し虐待防止委員会に報告します。また、サービス管理責任者においては、利用者の個別支援計画の作成過程で確認された個々の支援体制の状況(課題)等も踏まえながら、現場で抱えている課題を委員会に伝達します。併せて、発生した事故(不適切な対応事例も含む)状況、苦情相談の内容、職員のストレスマネジメントの状況についても報告します。
- ※ 既存のチェックリストでは、労働環境(職場環境、人員配置過不足、人員スキル等)、労働条件(宿直やインターバル等)、人間関係(労働環境に起因するもの)、相談体制(職場の仕組みとして)、会議体の設定等の経営者とともに行わなければならない項目が不足している場合が多いため、これらを補うことが必要です。
委員会では、この現況を踏まえて、どのような対策を講じる必要があるのか、経営者と一体で取り組むもの、虐待防止委員会・各部署単位で取り組むもの、職員個人で取り組めるものの3つに分類し、具体的に検討の上、経営計画への反映や、職員への研修計画や各部署の職員が取り組む改善計画に反映し、虐待防止マネジャーを中心として各部署で具体的に取り組みます。
第3の「虐待(不適切な対応事例)発生後の検証と再発防止策の検討」とは、虐待やその疑いが生じた場合、行政の事実確認を踏まえて障害者福祉施設等としても事案を検証の上、再発防止策を検討し、実行に移していくこととなります。
こうした体制が現場職員の全員に周知され共有されていることが望まれます。権利侵害を許さない障害者福祉施設等とするためには、職員一人ひとりが日頃の支援を振り返り、職員相互にチェックし、小さな出来事から虐待の芽を摘むことが重要となります。
そのため、虐待を許さないための「倫理綱領」や「行動指針」等の制定、「虐待防止マニュアル」の作成、「権利侵害防止の掲示物」の掲示等により職員に周知徹底を図る必要があります。これらの作成に当たっては、プロセスで全職員が関わり、主体的に虐待防止の取組に参加できるような計画を虐待防止委員会で検討し制定することが望ましいでしょう。倫理綱領や行動指針等が、文章や言葉だけとなり形骸化しては意味がありません。支援の現場の実情と乖離しない努力が求められています。職員の心理としては、虐待の事実やその疑いがある場面に遭遇して思ってもみなかった出来事に動揺したり、あるいはそこに至るまでにもっとできることがあったのではないかと抱え込んだりする可能性も予測されます。また共に働く職員仲間を裏切るかもしれないという感覚に陥っていまい、場合によっては過去の出来事にさかのぼって類似の事例が見過ごされていたならば、どうして今回から通報にあたるのかと躊躇してしまう可能性も考えられます。
そうした不安や囚われを断ち切るためにも、虐待防止委員会の役割や倫理綱領・行動指針等の意味を全ての職員が確認しておくようにしなければなりません。その際には職員が具体的で正しいイメージを持つことが重要です。すなわち虐待が疑われる事案が発生したとき、組織として責任者はどのような姿勢をとるのか、通報をした後にどのような対応がとられていくのか、その意味と流れの情報提供が適切に行われ、見通しがもてることで躊躇することがなくなる土壌ができていきます。現場の職員においては虐待の疑いを発見した際にどのような対応の手順をとるべきか、また法人・事業所はいかなる対応をしていくのか、通報とそこからの対応の手順を、日頃から事案発生に至るよりも事前に明らかにしておくことが虐待防止委員会や倫理綱領・行動指針の形骸化を防ぐことになります。掲示物もこうしたプロセスを経て現場の指標となっていきます。
虐待は権利侵害であり、隠さずに通報して利用者を守ります。
- ① 現場の職員等が、障害者虐待を受けたと思われる障害者を発見した際は、速やかに市町村に設置された障害者虐待防止センターに通報しなければなりません。
- ② この職員が所属する法人・事業所が虐待防止委員会や「通報の手順」などを定めている場合には、直属の上司や管理責任者にまずは報告し、通報してもらうことでも構いません。
- ③ 上司や管理責任者に報告したにもかかわらず、通報がされなかったときにはうやむやにせず自ら通報すべきです。その際には、期間を長くおかずに通報しないと機会を逸することがあります。
- ④ 疑いを発見した事案が虐待であったかどうかは第三者が認定することで、事実が確認できていなくても通報はできます。
- ⑤ 通報をしたことによって、その人に不利益が生じないようにされるべきです。
組織として速やかな対応と未然防止に努めます。
- ① 利用者に対する人権侵害や虐待事案が発生したとき、またはその可能性が疑われるときには、施設・事業所としてその事実確認を速やかに行います。
- ② 職員が日常の支援現場で虐待の疑いを発見するなど気になることがあった場合は、必ず上司にその旨を伝えるように周知します。
- ③ 利用者に対して不適切な関わりがあった際は、本人に謝罪し、施設・事業所として安全の確保や不安にならないような配慮をしていきます。ご家族にもお知らせし、誠意をもって対応します。
- ④ 管理者は虐待であると明確に判断できない場合であっても、速やかに障害者虐待防止法に基づく通報を行い、市町村・都道府県からの立入調査に協力します。
- ⑤ 通報した者が誰であっても、そのことで不利益が生じないようにします。
- ⑥ 上記の事案が発生した場合は時系列に記録し、背景要因を探り、報告書にまとめます。必要な場合は家族会においても報告いたします。
- ⑦ 人権侵害の事案が虐待と認定された場合は、外部の第三者にも加わっていただき、法人として検証と再発防止策を立て、これを公表していきます。
- ⑧ 虐待を起こしてしまった者に対して、事実が確認できたら就業規則による処分を行います。
- ⑨ 再発防止の取り組みは、職員との共同のもと計画的に行っていきます。
- ⑩ 何よりも権利侵害や虐待は未然に防ぐことが重要と認識して、日々の業務改善に努めます。
さらに「虐待(不適切な対応事例)発生後の検証と再発防止策の検討」まで周知を徹底することで、平素より職員が倫理綱領・行動指針により求められていることを意識することができ、なぜ「人権意識、知識や技術向上のための研修」が必要なのか、その意味も浸透することにつながっていくでしょう。過去に管理者が長期間にわたって利用者への虐待を繰り返していた施設の職員は、「管理者の虐待が事件として明らかになる前も、倫理綱領は唱和していた。その中に、『わたしたちは利用者の人権を擁護します』という項目があったが、いつも自己矛盾を感じて葛藤があった。今は毎日の朝礼で、『わたしたちは、今日一日利用者の人権を護ります』と唱和しているが、当時の反省も込めて心から唱和している」ということでした。倫理綱領や行動指針の作成と共有は、仕事の使命と価値の共有とも言えます。利用者のニーズに基づき支援するという原点に立ち戻り、常に自らの支援姿勢の根拠とするよう再確認することが必要となります。
6 人権意識、知識や技術向上のための研修
虐待は、どの障害者福祉施設等でも起こり得る構造的な要因があると指摘されています。そのため、まず、「障害者福祉施設、障害福祉サービス事業所における障害者虐待防止法の理解と対応」(別冊)を使って、法人の全職員が職場単位等で必ず読み合わせによる学習を行い、障害者虐待防止法に関する基本的な理解を得てください。20 分程度で読み合わせをすることができますので、必ず行うようにします。
次に、人権意識の欠如、障害特性への無理解、専門的知識の不足や支援技術の未熟、スーパーバイザーの不在等が指摘されているため、人権意識、専門的知識、支援技術の向上を図るために、人材育成の研修を計画的に実施していく必要があります。
研修には以下、5つの類型が考えられます。
① 管理職を含めた職員全体を対象にした虐待防止や人権意識を高めるための研修
特に、障害者虐待防止法で障害者虐待防止の責務を規定されている障害者福祉施設等の設置者、管理者等に対する研修は極めて重要です。それらの対象者に実施する研修の具体的な内容は、以下の例が挙げられます。
(例)
- 基本的な職業倫理
- 倫理綱領、行動指針、掲示物の周知(虐待防止の委員会で検討された内容を含めて)
- 障害者虐待防止法等関係法律や通知、指定基準等の理解
- 障害当事者や家族の思いを聞くための講演会
- 過去の虐待事件の事例を知る 等
② 職員のメンタルヘルスのための研修
職員が職場の中で過度のストレスを抱えていたり、他の職員から孤立していることも、虐待が起きやすくなる要因のひとつと考えられます。職員が一人で悩みや問題を抱え込んで、孤立することを防ぎ、職員同士が支え合う風通しのよい職場づくりを進めることが虐待防止につながります。
虐待が起きる状況として、「思わずカッとなって、叩いてしまった」などのように、衝動的な怒りの感情が要因になる場合があります。このような怒りの感情と上手に付き合い、怒りの感情への対処法を身につけるための研修として、アンガーコントロールがあります。怒りが発生する原因やメカニズム、コントロール方法を理解し、怒りへの対処法を研修で身に付けます。厚生労働省が行っている障害者虐待防止・権利擁護指導者養成研修で取り上げているほか、各種の文献やワークブックが出版されていますので参考にしてください。
③ 障害特性を理解し適切に支援が出来るような知識と技術を獲得するための研修
障害者虐待に関する調査では、障害種別毎に起こり得る虐待類型に違いがあることが報告されています。また、虐待の多くが、知的障害、自閉症等の障害特性に対する知識不足や、行動障害等の「問題行動」と呼ばれる行動への対応に対する技術不足の結果起きていることを踏まえて、これらの知識や技術を獲得するための研修を計画することが重要となります。そのため、外部の専門家に定期的に現場に来てもらい、コンサルテーションを受けることは効果的な虐待防止のツールとなります。
(例)
- 障害や精神的な疾患等の正しい理解
- 行動障害の背景、理由を理解するアセスメントの技法
- 自閉症の支援手法(視覚化、構造化等)
- 身体拘束、行動制限の廃止
- 服薬調整
- 他の障害者福祉施設等の見学や経験交流 等
④ 事例検討
事例検討は、個別支援計画の内容を充実強化するための研修として有効です。事例検討を行う際は、内部の経験・知識が豊富なスーパーバイザーや外部の専門家による助言を得て行うことにより、以下のような点に気が付いたり、見落としていたニーズを発見したり、今後の支援の方向性が開けたりする等、支援の質の向上につながります。
- 障害者のニーズを汲み取るための視点の保持
- 個別のニーズを実現するための社会資源等の情報や知識の習得
- 個別支援計画というツールを活用しての一貫した支援及び支援者の役割分担等
個別事例のアセスメントや支援計画について、詳しく分析し、具体的支援方法を検討することを研修として実施の上、実践的に学びます。
⑤ 利用者や家族等を対象にした研修
障害者虐待防止法第 6 条第 3 項では、障害者福祉施設等の団体や障害者福祉施設従事者等の関係者に対して、国または地方公共団体が講ずる障害者虐待の防止のための啓発活動、被虐待者の保護等や自立の支援のための施策に協力するよう努めなければならないとされています。
国や地方公共団体による啓発活動を踏まえて、こうした関係者により障害者福祉施設の利用者や家族等に対する障害者虐待防止法の理解や早期発見のための研修を実施することも有効です。
知的障害等により、わかりやすい説明が必要な障害者については、知的障害者等にとってわかりやすい障害者虐待防止法、障害者総合支援法のパンフレットを活用して研修を行うことなどが考えられます(「わかりやすいパンフレット」は、厚生労働省ホームページの次の URL からダウンロードできます。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/gyakutaiboushi/tsuuchi.html)
また、障害者福祉施設等を利用する女性の障害者が、職員から性的虐待の被害に遭ったとする報道が相次いでいます。そのため、利用者に対しては、どのような行為が性的虐待に該当するのか、性的虐待に遭いそうになった場合どのように対処したらよいのか、被害に遭ってしまった場合は誰にどのように相談したらよいのかなどを研修内容に取り入れることも検討します。
職員研修の実施に際しては3点留意する必要があります。
まず、研修対象者への留意が必要です。職員一人ひとりの研修ニーズを把握しながら、また、職員の業務の遂行状況を確認しながら研修計画を作成することが必要です。福祉職に限らず、給食調理、事務、運転、宿直管理等の業務を担う職員も広い意味での支援者と言えます。関係職員に対して研修を実施することが望まれます。
特に新任職員やパート(短時間労働)の従業者等については、障害分野での業務について理解が不十分である場合が多く、(1)の研修を行い質の高い支援を実施できるように教育する必要があります。
また、日々の関わりの中で支援がマンネリ化する危険性がある職員に対しては、ヒヤリハット事例等を集積して日々の業務を振り返る内容とする必要があります。
2つめに、職場内研修(OJT)と職場外研修(Off JT)の適切な組み合せにより実施することです。職場外研修は、障害者福祉施設等以外の情報を得て自らを客観視する機会を持つことができ、日々の業務の振り返りができるので、管理者は、計画的、継続的に職場外研修を受講させるように取り組む必要があります。
3つめに、年間研修計画の作成と見直しを虐待防止委員会で定期的に行うことです。
そのためには、実施された研修の報告、伝達がどのように行われたのか、職員の自己学習はどうであったのかについても検証し、評価することが重要です。
7 虐待を防止するための取組について
① 管理者による現場の把握
障害者虐待を防止するためには、管理者が現場に直接足を運び支援場面の様子をよく見たり、雰囲気を感じたりして、不適切な対応が行われていないか日常的に把握しておくことが重要です。
虐待報道事例にあった施設の検証委員会報告書では、幹部職員の資質・能力、管理体制の問題について「幹部は支援現場にほとんど足を運ばず、職員との意思疎通や業務実態の把握も不十分であった。このため、職員配置の問題も放置され、また、一部幹部は虐待や疑義について『なるべく相談・報告しないようにしよう』という雰囲気を蔓延させる等、虐待防止体制が機能不全に陥ったと考えられる。一連の虐待問題に係る幹部の責任は重大である」と指摘しています。
日頃から、利用者や職員、サービス管理責任者、現場のリーダーとのコミュニケーションを深め、日々の取組の様子を聞きながら、話の内容に不適切な対応につながりかねないエピソードが含まれていないか、職員の配置は適切か等に注意を払う必要があります。また、グループホーム等地域に点在する事業所は管理者等の訪問機会も少なく、目が届きにくい場合もあるため、頻繁に巡回する等管理体制に留意する必要があります。
② 性的虐待防止の取組
性的虐待は、他の虐待行為よりも一層人目に付きにくい場所を選んで行われることや、被害者や家族が人に知られたくないという思いから告訴・告発に踏み切れなかったり、虐待の通報・届出を控えたりすること等の理由により、その実態が潜在化していることが考えられます。
また、成人の障害者に対して行われる事案もありますが、放課後等デイサービス等を利用する障害児に対して行われる事案も報告されています。近年の特徴として、携帯電話やスマートフォンのカメラ機能を悪用し、わいせつ行為を撮影し記録に残したり、SNS 等を通してわいせつな画像を送付させたりするといった悪質な犯行もみられます。
さらに、「障害者なら被害が発覚しないと思った」などの卑劣な理由から、採用されて勤務を開始した直後から犯行に及び、利用者と二人きりになる場面を見計らって継続的に虐待を繰り返したり、利用者の恋愛感情につけ込んで、事業所の内外で関係を持ったりなどの悪質な事案も報道されています。支援者と利用者という関係において、そうしたやり取りや関係性を持つことは厳に慎むべきであることは言うまでもありませんが、利用者側の障害特性や依存傾向なども影響して、発見が遅れてしまったり、周囲もなんとなくおかしいと思いながらも特に問題視せずに推移してしまったりすることもあります。
これらの虐待は、被害に遭った利用者の情緒が急に不安定になったなど本人の様子の変化を家族が不審に思ったり、虐待者である職員が異性の利用者とばかり接する等の問題行動があることに、他の職員が気付いたりすることなどが、発見の端緒になっている場合があります。また、本人や家族が二次被害を恐れて性的虐待を受けた事実を周囲に相談することや、市町村に通報することが難しいという課題もあります。
このような性的虐待を防止するためには、被害の相談や通報に関する相談窓口の周知を強化することや、職員採用時に支援の現場に試しに入ってもらって気になる行動がないか確認すること、勤務シフトや業務分担の工夫などにより職員と利用者が二人きりになる場面や死角になる場面場所を極力作らないこと、特に女性の障害者に対しては、利用者の意向を踏まえ、可能な限り同性介助ができる体制を整えること、勤務中は個人の携帯電話やスマートフォンの携行を禁止し、不当な撮影を防止すること等、性的虐待を防止するための様々な対策を検討することが必要です。さらに、職員教育においては利用者の人権を尊重することや、援助関係における倫理規範を厳守することを徹底する必要があります。
また、利用者に向けて「何が虐待に当たるのか」や、不快なことがあったら声を上げることができるということについて、障害特性に合わせた具体的な教育的アプローチを行うこと等、現実的な防止対策を講じることが重要です。
③ 経済的虐待防止の取組
障害者支援施設やグループホーム等で、利用者から預かった現金や預金通帳の口座から当該事業所の職員が横領したり、職員が利用者の名義で私的な契約を結び、その代金を利用者の口座から引き落とさせたりしていた事案や、法人が勝手に利用者の預金を事業資金に流用した事案などが報道されています。これらの事案においては、利用者の財産管理に対するチェック機能が働かず、横領などの防止策が取られていなかったことが考えられます。
利用者の財産管理に当たっては、預金通帳と印鑑を別々に保管することや、適切な管理が行われていることを複数人で常に確認できる体制で出納事務を行うこと、利用者との保管依頼書(契約書)、個人別出納台帳等、必要な書類を備えること、利用者から預かっている財産の抜き打ち検査を行うこと等、適切な管理体制を確立する必要があります。
また、利用者の家族等から利用者の金銭の引渡しを求められ、事業所側の判断で応じてしまい、家族等が利用者と無関係な目的で使い込んでしまったようなケースでは、「障害者の財産を不当に処分すること」として経済的虐待に問われることも考えられます。成年後見制度の活用を含め、利用者の財産が適切に管理され、利用者自身の生活のために使われるよう支援することが重要です。
虐待が行われる背景として、密室の環境下で行われることと合わせて、組織の閉塞性や閉鎖性が指摘されます。報道事例にあった障害者福祉施設等の虐待事件検証委員会が作成した報告書では、虐待を生んでしまった背景としての職場環境の問題として「上司に相談しにくい雰囲気、また『相談しても無駄』という諦めがあった」「職員個人が支援現場における課題や悩みを抱え込まず、施設(寮)内で、あるいは施設(寮)を超えて、相談・協力し合える職場環境が築かれていなかったと言える」と指摘されています。
職員は、他の職員の不適切な対応に気が付いたときは上司に相談した上で、職員同士で指摘をしたり、どうしたら不適切な対応をしなくてすむようにできるか会議で話し合って全職員で取り組めるようにしたりする等、オープンな虐待防止対応を心掛け、職員のモチベーションおよび支援の質の向上につなげることが大切となります。
そのため、支援に当たっての悩みや苦労を職員が日頃から相談できる体制、職員の小さな気付きも職員が組織内でオープンに意見交換し情報共有する体制、これらの風通しのよい環境を整備することが必要となります。
また、職員のストレスも虐待を生む背景の一つであり、夜間の人員配置等を含め、管理者は職場の状況を把握することが必要となります。職員個々が抱えるストレスの要因を把握し、改善につなげることで職員のメンタルヘルスの向上を図ることが望まれます。職場でのストレスを把握するために、巻末の参考資料に掲載されている「職業性ストレス簡易調査票」等を活用すること等が考えられます。
虐待の未然防止のため講じる具体的な環境整備策は、以下①~⑤のようなものがあります。
① 事故・ヒヤリハット報告書、自己チェック表とPDCAサイクルの活用
虐待の未然防止のためには、的確な現状把握(アセスメント)に基づいた対応策の作成、そして継続した定期的な評価(モニタリング)が重要となります。そのアセスメントに資するものとしては、事故・ヒヤリハット事例の報告、虐待防止のための自己評価(チェックリストによる評価)が有用となります。
ア)事故・ヒヤリハット事例の報告
職員が支援の過程等で、事故に至る危険を感じてヒヤリとしたり、ハッとしたりする経験(ヒヤリハット事例)を持つことは少なくありません。このような「ヒヤリハット事例」が見過ごされ、誰からも指摘されずに放置されることは、虐待や不適切な支援、事故につながります。早い段階で事例を把握・分析し、適切な対策を講じることが必要です。
また、利用者がケガをして受診する等の事故が起きた場合は、都道府県(政令市等)に対して事故報告書を提出することになります。都道府県によって様式や報告の基準は違いますが、速やかに報告して指示を仰ぐことが必要となります。このときに、当該利用者の支給決定を行った市町村に対しても同様に報告します。事故報告を適切に行うことで、行政に報告する習慣をつけることができます。参考までに、山口県の障害者虐待防止マニュアルのヒヤリハット事例の活用についての「分析と検討のポイント」を掲載します。
【分析と検討のポイント】山口県障害者虐待防止マニュアル、山口県、2007
- ① 情報収集
-
- 提出されたヒヤリ・ハット事例報告書や、施設長会議等を活用して、他の施設における同様の事故情報等を収集する等、事故発生の状況要因等を洗い出す。
- ② 原因解明
- 問題点を明確にし、評価・分析する。
- ③ 対策の策定
- 虐待防止委員会等において、防止策を検討する。
- ④ 周知徹底
- 決定した防止策等を各部署に伝達し、実行する。
- ⑤ 再評価
- 防止策の効果が現れなぃ場合、再度、防止策を検討する。
※ 利用者の個人の尊厳を尊重する結果、事故等のリスクが高まるならば、どのような処遇が最良の方法か、利用者や家族とも話し合うことが重要。
イ) 虐待防止チェックリストの活用
職員が自覚しながら職場や支援の実際を振り返るためには、虐待の未然防止と早期発見・早期対応の観点からチェックリストを作成し活用することが重要です。
まずは、虐待防止委員会でチェックリストを作成します。チェックリストは管理者の立場、職員の立場それぞれによる複眼的なリストとすることが必要です。
管理職の立場からは、運営規程の整備、職員の理解、研修計画、利用者や家族との連携、外部との関係、体制の整備等、それぞれの状況をチェックする管理者用のチェックリストを作成します。管理者用のチェックリストは、職員もチェックすると、管理者と職員の認識のずれも確認することができます。
職員の立場からは、利用者への支援の適否等について振り返るチェックリストの項目を作成します。チェックリストは組織としての課題を確認し、職員間で共有して改善策を検討するものであり、特定の個人を追及したり批判したりする性質のものではありません。
事故・ヒヤリハット事例や管理者用、職員用のチェックの結果は虐待防止委員会で分析し、課題を確認することが必要です。虐待防止委員会では、継続的な「支援の改善」と「組織マネジメント」の観点から、PLAN(計画)→DO(実行)→CHECK(確認)→ACTION(対応処置)を繰り返し(PDCA サイクル)、らせん状に改善していくことが求められます。例えば、チェックリストで浮かび上がった課題を要因分析し、改善計画を作成して一定期間取り組み、チェックリストで検証して、さらに改善のための分析を行うということを繰り返していきます。
② 苦情解決制度の利用
苦情への適切な対応は、利用者の満足感を高めるだけでなく、虐待防止のための手段の一つでもあります。
そのため、障害者福祉施設等は、苦情受付担当者、苦情解決責任者、第三者委員を設置し、連絡先等を障害者福祉施設等内に掲示するほか、障害者福祉施設等の会報誌に掲載する等、積極的な周知を図ることが必要となります。
特に管理者は、施設を利用している障害者の表情や様子に普段と違う気になるところがないか注意を払い、声を掛けて話を聞く等、本人や家族からの訴えを受け止める姿勢を持ち続けることが求められます。
また、利用者の家族に対しても、苦情相談の窓口や虐待の通報先について周知するとともに、日頃から話しやすい雰囲気をもって接し、施設の対応について疑問や苦情が寄せられた場合は傾聴し、事実を確認することが虐待の早期発見につながります。利用者や家族の中には、支援を受けている障害者福祉施設等への遠慮から不適切な対応を受けても利用する障害者福祉施設等に直接苦情を言いにくい人もいます。そのため、市町村障害者虐待防止センターや相談支援事業所に相談することや、都道府県社会福祉協議会の運営適正化委員会等の苦情解決制度等についても活用されるよう積極的に周知する必要があります。
なお、社会福祉法では、利用者等からの苦情解決に努める責務を規定しているとともに、さらに「社会福祉事業の経営者による福祉サービスに関する苦情解決の仕組みの指針について」(平成 12 年6月7日障第 452 号・社援第 1352 号・老発第 514 号・児発第 575 号大臣官房障害保健福祉部長、社会・援護局長、老人保健福祉局長、児童家庭局長連名通知)で、苦情解決制度の実効性が確保されるよう通知しています。
③ サービス評価やオンブズマン、相談支援専門員等外部の目の活用
チェックリストの作成と評価は、事業者や職員による自己評価です。これに加えて「福祉サービス第三者評価」や「オンブズマン」等の外部による第三者評価を受けることも、サービスの質の向上を図るきっかけとして有効となります。
また、障害福祉サービスの申請または変更の際に、サービス等利用計画案の提出が必要となり、サービス等利用計画が適切であるかどうかについて、サービスの利用状況を検証し、必要に応じてサービス等利用計画を見直すために、定期的に相談支援専門員がモニタリング(継続サービス利用支援)を実施します。モニタリングは、施設等に外部の福祉専門職がサービスの実施状況を確認する重要な機会となります。施設等の管理者やサービス提供責任者、職員は、相談支援専門員から見たサービスの実施状況が適切かどうか、虐待につながる可能性のある行為がないかどうか積極的に意見を聞き、必要に応じて改善につなげることが求められます。
④ ボランティアや実習生の受入と地域との交流
多くの目で利用者を見守るような環境作りが大切です。管理者はボランティアや実習生の受入体制を整え、積極的に第三者が出入りできる環境づくりを進め、施設に対する感想や意見を聞くことにより、虐待の芽に気付き、予防する機会が増えることにもつながります。
⑤ 成年後見制度や日常生活自立支援事業の利用
自ら権利を擁護することに困難を抱える障害者については、成年後見制度の活用等を通して権利擁護を行っていくことが重要です。障害者虐待防止法では、市町村が成年後見制度の周知や、適切な審判開始の請求、経済的負担の軽減措置を図ることが規定されています。平成 24 年 4 月からは、市町村の地域生活支援事業による成年後見制度利用支援事業が必須事業とされており、必要に応じて成年後見制度の利用につなげていくことが必要です。
平成 28 年 4 月、成年後見制度の利用の促進に関する施策を総合的かつ計画的に推進することを目的とした「成年後見制度の利用の促進に関する法律」(以下「成年後見制度利用促進法」といいます)が議員立法により成立し、同年 5 月に施行されました。
また、令和4年 3 月に同法に基づく「第二期成年後見制度利用促進基本計画(計画期間は令和4年度~令和8年度)」が閣議決定されました。第二期計画では、地域共生社会の実現という目的に向けて、本人を中心にした支援・活動における共通基盤となる考え方として「権利擁護支援」を位置付けた上で、権利擁護支援の地域連携ネットワークの一層の充実などの成年後見制度利用促進の取組を更に進めていくこととしています。また、令和6年度末までの目標として、市町村申立ての適切な実施及び成年後見制度利用支援事業の推進や、市民後見人や法人後見等の担い手の確保・育成に関するKPIが設定されています。
*KPIとは、「Key Performance Indicator」の略語で、日本語では「重要業績評価指標」や「重要達成度指標」と呼ばれています。言葉からわかる通り、目標達成のための各プロセスにおいて、達成度合いの計測と評価をするための指標です。最終目標(ゴール)の途中に設定された中間目標を、数値で表したものです。
社会福祉協議会で実施している日常生活自立支援事業も、判断能力が十分でない人が地域で自立して生活ができるように、福祉サービスの利用支援や日常的な金銭管理を行っています。その人に必要な諸制度の活用を検討し支援することが求められます。障害者虐待では、知的障害者、精神障害者に対する経済的虐待や財産上の不当取引による被害等の事案が発生しています。このような被害を防ぐための支援の一つとして本事業の活用を検討することが必要です。
8 (自立支援)協議会等を通じた地域の連携
障害者虐待の防止や早期の対応等を図るためには、市町村や都道府県が中心となって、関係機関との連携協力体制を構築しておくことが重要です。具体的には、その役割と関係者の範囲ごとに、以下のネットワークを構築することが考えられますが、障害者福祉施設等として適切な役割を果たすことができるように積極的にネットワークに参加することが重要です。
- ① 虐待の予防、早期発見、見守りにつながるネットワーク
地域住民、民生委員・児童委員、社会福祉協議会、身体障害者相談員、知的障害者相談員、家族会等からなる地域の見守りネットワークです。 - ② サービス事業所等による虐待発生時の対応(介入)ネットワーク
養護者による障害者虐待事案等において、障害福祉サービス事業者や相談支援事業者等虐待が発生した場合に素早く具体的な支援を行っていくためのネットワークです。 - ③ 専門機関による介入支援ネットワーク
警察、弁護士、精神科を含む医療機関、社会福祉士、権利擁護団体等専門知識等を要する場合に援助を求めるためのネットワークです。
これらのネットワークを構築するため、(自立支援)協議会の下に権利擁護部会の設置等、定期的に地域における障害者虐待の防止等に関わる関係機関等との情報交換や体制づくりの協議等を行うこととされています。地域の関係機関のネットワークに参加することで地域の連携が生まれ、障害者福祉施設等における虐待防止への意識付けも強化されていくことが期待されます。