クレプトマニアとは?

 はじめに

みなさんは「クレプトマニア」と呼ばれる精神障害をご存知でしょうか。クレプトマニア? 何処かで聞いた覚えがあるのではないでしょうか? 最近ではテレビドラマなどで、クレプトマニアが窃盗の理由として取り上げられている番組など観たことがあるかもしれません。クレプトマニア(窃盗症)とは、窃盗をおこなうスリルや緊張感、そして窃盗後の達成感や解放感を好み窃盗を繰り返してしまう病気で、逮捕回数が複数回に及ぶこともあります。これは刑務所に入っても自力では治らないことが多く、社会生活へ支障をきたしてしまうことから軽視できない問題となっていす。もし身内の者が何度も万引きを繰り返し行ってしまうのであれば、それはクレプトマニアを発症している可能性があるので、慎重かつ適切に対処しなければならないでしょう。そこで以下においてクレプトマニア(窃盗症)の特徴や治療法について解説します。

 クレプトマニアとは?

クレプトマニアは「窃盗症」や「病的窃盗」とも呼ばれる精神疾患のひとつです。通常の窃盗行為は「○○が欲しいけど、お金がないから盗んで手に入れよう」と思うように、行為者が利益獲得を目的として盗みを行うものです。しかし、これに対してクレプトマニアは、十分な資産を有しているのに数百円の物の窃盗を繰り返し、窃盗した物自体には大して関心を持たないことが報告されています。 窃盗後は、盗んだ物を放置し、一度も使わずに捨ててしまうこともしばしばです。つまり、クレプトマニアとは、物を盗みたいという衝動や欲求をコントロールできなくなる精神障害なのです。その9割が万引きによる窃盗ですが、空き巣やスリ、置き引き、放置自転車窃盗など、さまざまな窃盗がみられます。

「お金が無い訳ではないのに万引きがやめられない」
「欲しくない物でも万引きしてしまう」
「周囲にバレて逮捕されても繰り返し窃盗をしてしまう」

などの問題行動が見受けられる場合には、クレプトマニアである可能性が高いでしょう。また目的を持って窃盗を行う通常の万引きとは異なり“物にはそれほど関心がない”ことから、犯行後は誰かにあげたりこっそり返しに行くことがあるのも特徴です。窃盗場所はスーパーや書店、ドラッグストアといった小売店での万引きを中心に、友人や家族、親戚内、そして職場での盗みなどがあり、本人は「やめたい」と思っていても、その高揚感や満足感から“盗みたい”という衝動を抑えられずに万引きを繰り返してしまうのです。このように、クレプトマニアは自分の意志で制御することが難しいため、日常生活や人間関係に苦しむ人も少なくありません。

 クレプトマニア(窃盗症)の診断基準

世界的に、そして日本でも標準的に使用されている、アメリカ精神医学会による「精神障害の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, DSM)」の最新版である第5版(以下DSM-5)において「窃盗症」には、以下の診断基準が挙げられています。

 ●精神障害の診断と統計の手引き(DSM-5)による診断基準

 窃盗症

 A 個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗ろうとする衝動に
    抵抗できなくなることが繰り返される。
 B 窃盗に及ぶ直前の緊張の高まり
 C 窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感
 D その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない。
 E その盗みは、素行症、躁病エピソード、または反社会性パーソナリティ障害ではうまく説明されない。

診断基準Aは、自分の欲しいものを盗むことが常習化している人や、お金がなくて盗む人などを区別するためのものです。ただし、クレプトマニアであっても、まったく必要のないものだけを盗むという人はほとんどいません。欲しいと思ったものを盗みつつも、必要以上の量を盗み、結局全部は使用しなかったり、必要のないものまで盗んで、自分でもあとから「何でこんなものも盗んだんだろう」と思うことがほとんどなのです。また、診断基準を見てもわかる通り、窃盗直前のスリルや緊張感、窃盗後の達成感や解放感等が特徴的で、盗むこと自体が目的にもなっており、窃盗を他者から咎められたり、逮捕されることがあっても窃盗行為を繰り返してしまいます。自分自身でも窃盗行為を止めることが困難なため、窃盗行為の後で強い罪悪感や後悔を経験することも少なくありません。「自分で何とかしないといけない」と思うことで、社会的に孤立し、適切なサポートに繋がらず、結果として重症化してしまうことも多く見られます。

 クレプトマニアになってしまう理由

クレプトマニアになってしまう大きな要因として、「強いストレス」や「依存」が背景にあるとされています。例えば職場や家庭で感じるストレスや大切な人との別れ、いじめ、摂食障害、拒食症、過度なダイエットなどによって精神的・肉体的ストレスがかかったときクレプトマニアになるケースが多いと言えます。アルコール依存症の人が「飲酒する行為」で満たされるように、クレプトマニアは「盗む行為」で満たされない自分の感情を満たそうとしているのです。

 主婦など女性がなりやすい傾向にある

クレプトマニアになる割合はだいたい男性が3割、女性が7割といわれています。特に家事や育児にストレスを感じた専業主婦が孤独感を強め、数百円ほどの小さな万引きを重ねることで節約ができ、ちょっとした満足感を得られるという事からきっかけとなることが多く、買い物は日常生活の中で繰り返し行うことだからこそ、依存してしまいがちです。つまり節約のためとはじまった万引きが、ストレスのはけ口として常習化し、依存症に陥ってしまうというパターンが多いため、クレプトマニアは女性が発症するケースが多いといわれるのです。

 クレプトマニアと間違われやすい・合併しやすいその他の精神疾患

精神疾患が関係した窃盗行為の中にはクレプトマニアと間違えられやすいものがいくつかあります。以下に主要なものをいくつかピックアップいたします。くれぐれも注意しなければならないことは、
正式な診断には緻密な問診・診察が必要です。
以下の精神疾患があると窃盗をしやすいというものではありません。

 ①前頭側頭型認知症(FTD)

若年性の認知症の一種で、40〜50代に発症することも多く、早ければ30代頃から徐々にその症状が見られることもあります。認知症というと、主に記憶に障害がおこるアルツハイマー型認知症がイメージされやすいかもしれません。しかし、前頭側頭型認知症は、初期には記憶の問題はほとんどみられず、性格の変化や社会的な行動から変化が現れることがほとんどです。そのため、認知症とは気づかれにくく、その他の精神疾患と間違われやすく、時には単なる更年期障害や加齢による変化として長期間見逃され続けることも珍しくはありません。
主な症状としては、怒りっぽく、衝動的な行動が多く、無気力になり今まで取り組んでいた家事や趣味への意欲が低下し、共感性や思いやりが低下し自己中心的な言動が増える。同じような行動を繰り返し、味覚や食べる量などに変化が現れます。DSM-5においては、以下の診断基準が挙げられています。

 ●精神障害の診断と統計の手引き(DSM-5)による診断基準

前頭側頭型認知症/前頭側頭型軽度認知障害
 A 認知症または軽度認知障害の基準を満たす。
 B その障害は潜行性に発症し緩徐に進行する。
 C  (1)行動障害型:
   a.以下の行動症状のうち3つ、またはそれ以上:
       ・行動の脱抑制
       ・アパシーまたは無気力
       ・思いやりの欠如または共感の欠如
       ・保続的、常同的または強迫的/儀式的行動
       ・口唇傾向および食行動の変化
     b.社会的認知および/または実行能力の顕著な低下
    (2)言語障害型:
         ・発語量、喚語、呼称、文法、または語理解の形における、言語能力の顕著な低下
 D 学習および記憶および知覚運動機能が比較的保たれている。
 E その障害は脳血管疾患、他の神経変性疾患、物質の影響、その他の精神疾患、神経疾患、
    または全身性疾患ではうまく説明されない。

診断基準Aに「認知症または軽度認知障害の基準を満たす」とありますが、初期の段階では認知機能に大きな障害は見られず、知能検査を行っても数値の低下は認められません。ただし、前頭葉や側頭葉の萎縮により判断力が低下するため、犯罪行為が現れることもあります。内容としては、衝動性が高まり、目先の欲求を優先してしまいがちになるため、万引きや、痴漢や下着窃盗といった性犯罪、スピード違反などの交通違反、突発的な傷害事件などに繋がりやすいといえます。特に大きな出来事もないのに30〜40代頃に突然窃盗行為が始まったり、クレプトマニアであっても、突然大量に大胆に盗むようになる等といったような窃盗内容における急激な変化があった場合、前頭側頭型認知症が疑われます。前頭側頭型認知症の診断には、MRIやSPECTといった脳画像検査も行った上で、専門の医師の判断が必要となります。

 ②摂食障害

自身の価値に体重や体型の影響を大きく受け、極端な食事制限(いわゆる拒食)や過度な運動、あるいは大量の食品を一気に食べ嘔吐することもある(いわゆる過食嘔吐)といった、摂食に関する衝動をコントロールできなくなる精神疾患です。クレプトマニアとの合併も多く見られます。過食をするための食品を万引きしたことがきっかけで万引きが常態化し、クレプトマニアを発症する場合もあります。

 ③解離性障害

自身の行動や出来事の記憶がすっぽりと抜け落ち、現実感のないままに行動してしまう、といったような様々な症状を呈し得る精神疾患です。強いストレスが要因になる防衛反応の一種ともされています。万引きの記憶がない、頭の中で「盗め」という声が聞こえて盗んでしまう、といった形で影響することもあります。

 ④自閉症スペクトラム障害

発達障害の一種で、対人コミュニケーションの困難、限定された興味・行動、反復行動等が特徴的です。特定の対象に対するこだわりが強く、結果の見通しが立てづらいため、特定のものを何回も盗むといった行動が繰り返されることがあります。

 クレプトマニアは完治するか?

通常の窃盗であれば逮捕され罰を受けることで改心するケースがあるものの、クレプトマニアは再犯率が高く、治らない病気だと言われることが多いです。実際、ほとんどの場合は専門家による治療を受けることで症状の悪化を防ぎ、改善を期待できるものの「完治はない」とされています。これはクレプトマニアに限らず全ての依存性に通ずるもので、脳が依存症になる前の状態に戻ることは難しいとされています。

 8割以上が2年以内に再犯している

万引きの再犯率は非常に高く、8割以上が2年以内に再犯すると言われています。また治療を希望する患者のうち約8割が3ヶ月以内に治療から脱落しており、3ヶ月以上の治療を受けた患者でも、約3割は治療中に再犯しています。これは、万引きをすること自体がストレスの発散方法であり快感となっている事から、「盗みはいけないこと」だと解っているものの自分の意志ではやめられない依存症ならではの症状となります。

 主な治療法~認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy, CBT)とは?

認知行動療法(以下CBT)では、セラピストとクライエントの共同作業により、クライエントの「認知(物事の捉え方)や思考」と「行動」に焦点を当てていきます。そして、徐々にクライエント自身や抱える問題を理解し、その問題への対処法や解決法を一緒に探っていく、比較的短期集中型の心理療法です。CBTでは、クライエントの思考や行動パターンなどを細かく分析し、特に窃盗行動に関連していると思われる強い感情や衝動的な行動の意味や妥当性を深く考え、クライエントのペースに合わせてセッションを進めていきます。また、対人関係を上手く保つスキルや、自分の気持ちを上手く落ち着かせるテクニックも学び練習していきます。CBTの最終目的は、クライエントが療法終了後も自分で適切な行動や認知を実践し継続することにあります。クレプトマニアにおいては、お金がないのにどうしても必要なので盗んでしまうわけではありません。ある程度の所持金も有しており、窃盗や万引きが犯罪であると知っているにもかかわらず、「欲しい」と思うと衝動的に万引きを繰り返してしまいます。
具体的な対応策(1人で出かけない、大きいバッグを持っていかない等)を実施しながら、なぜ盗んでしまうのか(ストレスの発散や達成感の気持ち等)、どのようなことが影響しているのか(親子や夫婦間の不和、強い孤独感等)といった要因を探っていきます。それらに対する現実的な解決目標を立て、自分の問題に「振り回される(コントロールされる)」のではなく、自分で自分の問題を「コントロールしていける」ようになることを目指します。

 最後に……

日常生活で感じる強いストレスや不安、寂しさなど、それらの感情の穴埋めをして気持ちを落ち着かせるために窃盗を繰り返すクレプトマニア。依存性の強い精神障害であることから刑務所に入っただけでは治らない病気です。もし、ご家族が万引きを繰り返し悩んでいるのであればクレプトマニア治療の専門家に相談しましょう。回復にはご家族や友人など、周りの支えが必要不可欠です。決して高くはない回復率ですが、万引き行為で得られる達成感や満足感を、今度は万引き行為をやめることで回復していく自分に対しての達成感・満足感へ置き換えるといったように、視点を変えることで楽に考えられる可能性もあります。受け止め方次第で状況は必ずいい方向に変わっていきます。「治らない病気だから…」と諦めずに、クレプトマニアの完治へ向けて励んでみてください。





事業所無料登録募集

無料登録イメージ
▶アカウント登録済の方はログインください




事業所有料登録募集
月々1,100円!

予約システムがつかえます!

有料登録イメージ
▶アカウント登録済の方はログインください