A5 ここでは認知症介護のストレスを少しでも緩和し、軽くするための工夫やヒントとなることを紹介しようと思います。
「認知症のせいだとわかっていても、つい感情的になってしまう」「そんな自分が情けなく、疲れ果ててしまう」、先の見えない認知症介護。大切な家族と思えばこそ、過去の光景が胸によぎり、苦しくなることも多いと言えます。
認知症介護をする家族が抱える辛さの一つに「先が見えないこと」が挙げられます。これからどうなるのか、暗がりを手探りで歩いているような気持ちになるご家族も多いことでしょう。
ここに認知症が診断されてから、その家族が様々な心理状態をたどり、最終的にご本人の認知症を受け入れ平穏さを取り戻すまでを整理した「認知症患者の家族がたどる4つの心理ステップ」というものがあります。今どのような状態にあるのか客観的な目安となり、冷静になることができると思うので、以下簡単にではありますが紹介します。
認知症患者の家族がたどる4つの心理ステップ
第1段階 戸惑いと否定
家族のうちの誰かが認知症を発症し、その変化に戸惑いを覚える時期です。認知症なのだと頭では理解していても、時には診断が出た後も、「まさかそんなはずがない」「他の病気の影響だ」と認知症を否定し、「いつもこんな感じですぐに治る」と、症状が表れていること自体を無意識に否定しようとすることもあります。
「今から予防に取り組めば治る」と様々な情報を収集し努力をされることもありますが、次第に、否定できないほど認知症が進むと、次の段階に移行します。
第2段階 混乱、怒りと拒絶
次々と表れる症状と変化する状況に「いったいこれはなぜなのか」「どのように対応すればいいのか」と混乱する中で介護に取り組み、多くの事柄を処理し続ける一方、否応なく進行する認知症や症状を示す本人にも怒りを覚えてしまいます。
その結果、「なぜ私がこんな思いをしなければならないのか」と絶望し、本人に、時には手を差し伸べてくれる人々をも拒絶するようになってしまうこともあったりします。
一方、自分ひとりだけが苦しんでいれば丸く収まるのだと孤立して、一見淡々と介護をこなしているようにみえる方もいるので注意が必要です。
このステップは社会的つながりが特に重要になる時期です。次々と起こる症状を適切に理解し、対応のヒントを与えてくれる人々、負担や疲れを軽減する各種サービス、共感し先の見通しを伝えてくれる仲間や、介護家族会などとつながり、肩の力を抜いてご本人に向き合えるようになると次のステップに移行します。
第3段階 割り切りと諦め
依然負担感はあっても、認知症を格別の悲劇であるととらえることもなく、割り切ることができるようになります。
認知症は進行するもので予防も治療もできないと諦めを感じている一方で、それとどのようにうまく付き合っていけばいいのか、認知症と、認知症本人と共に生きていくことを受けとめはじめる時期です。
「もしこの認知症が起きなかったら私の人生はどうだったか」「他の認知症のご家族はこんなに苦労をしているのか」という思いも時折よぎりつつ、認知症になってもなお愛すべき家族であることを感じ、現状を肯定していくようになるにつれ、次のステップに移ります。
第4段階 受容
認知症本人、介護をした自分自身、そして認知症そのものに対しても受容し、その価値を認めていきます。
「認知症になった母をみて、初めてあるがままの母を知ることができました。私は、母は認知症になってよかったと思っています」、「認知症介護に関わらなければ出会えなかった人々がいた。その人々とのつながりは、今度は自分が認知症になったとき、大切なものとなると思います」と語るご家族もいます。
いつか自分もなるかもしれない認知症、あるがままのご本人、共に生きてきた自分自身の全てをかけがえのないものとして受容し、さらなる未来を考えていく段階です。
誰しも以上のようなステップをスムーズにたどるわけではありません。時には前の段階に戻ったり、ずっと同じステップに立ち止まったりしていることもあります。それでも、いつかは受容できることを信じながら、認知症の本人と共にゆっくりと生きていく指標の一つとして、理解し心の支えにしてもらえればと思っています。
前述した4つのステップは、上がるにつれ家族の心が軽くなっていきます。認知症介護を続けるには、介護者の心の負担を軽くすることは非常に大切なことです。そこで「心の負担を軽くする5つの心得」をご紹介します。
心の負担を軽くする5つに心得
1. 頑張らない
認知症介護にたずさわるご家族は最善の方法を学び、ご本人のために熱心に介護されていることが多いようです。そのため、しばしば介護者ご自身の疲れや苦しみがないがしろになってしまいます。また、ごく自然な老化に起因することなど、どうしようもないことについてもご自身の介護努力と関連付けて、必要以上に頑張ってしまう様子もみうけられます。
過度な頑張りの裏には、元気なままの家族であってほしいという愛情と、それが叶わないかもしれない悲しみが横たわっています。その気持ちを見つめ、あるがままに受け入れ、頑張り過ぎなくていいんだと、まずは認知症本人よりも介護する「自分」に優しくすることが第一です。
2. 抱え込まない
「他人に任せることが不安」「認知症を知られることに抵抗がある」など、様々な思いで認知症介護を独りで抱え込まれるケースも少なくありません。
医療が進歩した今は介護が長期にわたることも多く、介護は一人きり、一つの家族で抱えこめなくなっているのが社会的な現実。外部サービスなどに介護の一部を任せることは、むしろ望ましい姿です。
認知症が進むにつれて、本人も家族も周囲とのつながりが薄れていく傾向があります。初期の頃から同じ悩みを持つ仲間や、家族会などとつながりをもち、抱え込まない意識を持ち続けて下さい。
3. 弱音を吐く
「介護は家族への恩返し。やりがいのあるもののはず」と、明るく元気にふるまい、家族の介護の愚痴や弱音を吐くことを許さない方もいます。しかし、綺麗ごとだけではすまないのが介護です。どろどろとした不満ややりきれない気持ちは、あってあたりまえです。
時には介護家族会に参加したり、信頼できる友人に話を聞いてもらったりなどして、弱音や愚痴を少しずつ、「きちんとこぼす」ことも、実は認知症介護にはとても大切なことなのです。
4. 比べない
認知症の進み方や症状の現われ方は千差万別です。「あの人よりも若いのに」「同じ時期に発症したのに」と他のケースと比べるのはあまり意味がないうえに、不幸の始まりです。
他のケースを参考にするのは悪いことではありませんが、介護に正解はありません。本人の症状や認知症の進行度が、介護者の介護の良し悪しを反映・評価するものではありません。
介護者が、本人らしくいられる介護が最も上等な介護法だといえます。
5. 終わりを考える
認知症は進行していくものです。どのような症状にも「おわり」があります。道迷いで目を離せなかった人も、歩くことが難しくなれば症状はなくなります。
妄想や幻覚などの行動・心理症状も、時が来れば、それすらも失われていくのです。
目の前の苦しみがいつおわるのか、本当におわるのかわからない辛さは確かにありますが、「いつかおわるもの」と気を長くもち、そのおわりを迎えるときに本人も家族も笑っていられるよう「いま」を過ごして下さい。
最後に「幸せな認知症介護のための7つの原則」を紹介します。
幸せな認知症介護のための7つの原則
1. 「ゆったり、ゆっくり」を心がける
認知症では脳の情報処理速度が低下するため、ご本人は映画を早送りで見ているように全てが慌ただしく感じられます。それでも理解しようと努力しつづけるので、ご本人は心も脳も疲れ切ってしまいます。その結果、ますます理解は遅くなり、なおさら混乱や苛立ちを募らせ、負のスパイラルに陥ります。
介護者が会話も動作も「ゆったり、ゆっくり」を心がけると、時にご本人が驚くほど穏やかになることも多いのです。
2. 五感を活かしてコミュニケーションする
私たちは言葉だけでなく、常に五感による情報を受け取り、それを活用しています。耳が聞こえなければ目をこらし、目が見えなければ耳をすますように、認知症の人の低下した情報処理機能を補うのが、五感の情報です。
認知症の人は常に五感を使って心のアンテナを精いっぱい拡げています。介護者が五感を活かしたコミュニケーションを意識すると、ぐっと意思疎通が楽になります。
〈五感を活かしたコミュニケーションの例〉
- 声に感情や表情をつけ、質・大きさを工夫する
- 顔をしっかり合わせ豊かな表情で対応する
- 身振り、手振りを交える
- (本人に抵抗がなければ)本人に優しく触れる、さする
3. 共感し、感情を合わせる
人には「情動調律」と呼ばれる、相手の感情を読み取りそれに自分の感情を合わせる能力があり、認知症になっても失われにくいものです。むしろ、周りの状況をくみとって関わることが難しくなった認知症の人にとって、感情によるコミュニケーションはより一層重要なものです。
本人が不安な時、介護者が優しい感情をみせていれば本人は次第に安心します。本人が怒っている時でも、共感しながら穏やかに接していると介護者につられ穏やかになっていきます。表情や感情の共有を意識すると、安心感を与え、介護が思ったよりスムーズになることがあります。
4. 認識や心の世界を理解する努力を
客観的な現実ではない認識や考えは、時に妄想と呼ばれ、本人を突拍子もない行動に至らせることもあります。
しかし、それは本人にとってはまぎれもない現実であり、頭ごなしに否定せず、いったん受け止め、本人がそう認識するに至る要因を探ることが大切です。介護者が心の世界を尊重し、理解しようとする態度は本人にも伝わり、信頼や安心を生み出します。
〈妄想の原因を知り、理解する〉の例
○「私を殺すのか」と急に叫ぶ
→うとうとする背後でかかっていたテレビのサスペンスドラマに心が巻き込まれた
○「迎えが来た!会社に行かなければ!」と興奮する
→ セールスマンのスーツ姿を見たため(「今日は創立記念日。休業のお知らせに来たようです」と声がけすると落ち着かれた)
5. わかりやすく整理する
認知症の本人は、目や耳に異常はなくても、それを受け止める脳が機能低下を起こしているため、認識能力が低下したまま、あいまいに周囲の世界を認識しています。
薄暗い中に小さな明かりだけが灯っているように感じられ、耳栓をしているように相手の言葉がぼんやりと聞こえて感じられれば、誰でも周囲を正確に理解できません。さらに当然、注意力や集中力も低下しています。
わかりやすい言葉で声をかけ、集中できる環境を整え、慣れ親しんだものは変えないなど工夫をすると、安心感をもって過ごすことができます。
6. かけがえのない、有能な存在であることを感じてもらう
認知症の当人は何もわからないから楽だろうという誤解をされている人もいますが、実際のご本人はできないこと、わからないことが増え、自分が自分でなくなっていくかのような強い不安や絶望を感じています。
役割や仕事などを通して、自分も役に立つ存在であること、他人のために何かできる力があること、この世にふたりといないかけがえのない存在であると感じることは、そうした不安や絶望の軽減にとても大切です。昔の歌、写真などを通し、本人を力づけるようにして下さい。
7. 外部とのつながりを持つ
認知症が進みコミュニケーションが難しくなると、行動範囲が狭まり、社会的つながりが次第に失われていきます。ちょっとした世間話、かわす挨拶、なじみの顔と出会うなど若い世代には些細に思えるつながりも、認知症の本人にとっては残り少ない宝ものです。
また、私たちは、自宅でリラックスするのとは別のよそゆきの顔も大切にしています。認知症の方にも外に出てもらい、よそゆきの顔を使っていただくことは、ご本人の社会性を保つ大切な機会です。
もちろん家族が孤立しないことにも役立ちますが、加えて、周囲の人々も認知症の方とのかかわり方を学べるという社会的意義もあります。認知症の本人や家族が社会とかかわることは、社会がよりよく変わっていくための大切な基礎ともなります。
以上、いくつも段階や心得や原則を書きましたが、一番大切なことはたった一つです。認知症の本人を支える「あなた自身」が笑顔でいられることです。家族や周囲の笑顔は本人の笑顔を呼び、笑顔は不安を和らげ、症状の進行を遅らせ、生活の質を大きく高めてくれます。本人だけではなく、介護者自身が様々な支援を受けて、「頑張らない」、「無理をしない」、それが認知症介護の一番の秘訣だと言えます。