A3 認知症を完全に治す治療法はまだありません。そこでできるだけ症状を軽くして、進行の速度を遅らせることが現在の治療目的となります。
治療法には薬物療法と非薬物療法があります。このうち薬物療法は、アルツハイマー病の中核症状の進行をある程度抑える効果が期待される薬が若干あるだけで、脳血管性認知症に効果がある薬剤は今のところ存在しません。そのため、非薬物療法によって症状を抑えることが主な治療法となります。
認知症の症状は障害の中核となる記憶などの「認知機能障害」と、かつて辺縁症状(周辺症状)と呼ばれた「行動異常・精神症状」に大別できます。行動異常や精神症状には、不安・焦り・睡眠障害・徘徊・家族への依存・暴力および、せん妄などがあてはまります。
中核症状への治療
アルツハイマー病では、塩酸ドネペジルなどの抗コリンエステラーゼ阻害薬に中核症状の一時的な改善効果が認められています。この効果は一時的で、進行を完全に抑えるものではありません。進行を遅らせるだけですので、できるだけ早くから治療を開始して、少しでも軽症の段階にとどめるようにすることを目的としたものです。
周辺症状にはまず非薬物治療を中心に
周辺症状は中核症状よりも介護者の強い苦痛になることが多く、効果的な薬をつかって症状をおさえたくなるのですが、かつて周辺症状に使われていた薬の中には、認知症の症状をかえって悪化させるものがあるので、薬物療法には慎重を要します。
まずは薬に頼らず、患者さんを刺激しない(例:つじつまの合わない話を患者さんがしても否定したり、叱ったりしないで耳を傾ける態度をとる)、規則正しい生活をおくるようにこころがける、環境を急激に変えないようにする、などを基本とします。
また、認知能力を高めるためのリアリティ・オリエンテーション(常に問いかけを行い、場所・時間・状況・人物などの見当識を高める)、簡単な楽器演奏や運動などで刺激を与える、過去を回想するなどの療法を行う場合もあります。
症状が進んでくると周辺症状も徘徊や便こねなど激しくなってきます。この段階になっても薬を使わないことにこだわって、介護者が疲れ果ててしまうようなことがあってはなりません。こうした激しい周辺症状に対しては薬物治療を試すこともあります。
薬物治療は専門家の指導のもとに、本人の反応を注意深く観察しながら進めていきます。
将来への期待
アルツハイマー病は脳内にアミロイドβという物質が蓄積して、それが神経細胞の変性に関係すると考えられています。そこで、アミロイドβを蓄積させない治療法を開発しようと、世界中の研究者がしのぎを削っています。
アミロイドβの蓄積を阻害する安全な薬が開発されれば、アルツハイマー病はそれ以上の神経変性を起こさなくなると考えられています。そうなれば、認知症の進行が完全にストップする可能性もあります。ただし、一度変性し、消滅した神経細胞は再生しないので、進行した認知症では失われた機能を回復することは難しいという問題が残ります。その意味でも早期発見・早期治療は今後ますます重要になってくると考えられます。
早期発見・早期治療で認知症を回避
アミロイドβの蓄積を阻害する薬が現実になりつつある今、認知症の早期発見・早期治療が今まで以上に重要になってきています。軽度認知障害の多くはアルツハイマー病になる前の段階であると考えられていることから、この段階で治療を開始すれば、認知症になることを防ぐことも将来的に可能になると考えられます。 現在の軽度認知障害の治療は、認知症の予防に効果がある生活環境をとりいれ、高血圧や糖尿病、高脂血症などを治療し、必要に応じて抗コリンエステラーゼ薬を服用するという内容で行います。