障害者雇用における社内の障害理解の事例

  はじめに

障害者雇用に対して企業が腰の入った取組をするには、それなりの経費と物理的な時間を要することなので、なかなか難しいのが現状だといえます。そんな中、株式会社エヌ・エフ・ユーの取組は、創立20年を機に、できることから始め、さまざまな外部の協力を得ながら、社内に障害者雇用の機運をゆっくりと浸透させることに成功した例だといえます。「学び」と「出会い」と「情報」を大切に生かした結果、障害者に限らぬ全社にとって新たなワークスステージを開拓することにつながったあり様が、報告書にある取組みの行間から窺えます。
事例を読んで、ここまで自社はできなと思われるかもしれません。しかし、株式会社エヌ・エフ・ユーも当初からこれだけの広がりのある障害者雇用理解のために組織的な設計や計画をしていたわけではありません。事業推進担当者の問題意識と情熱が、多くの人を動かし、内外の意見に耳を傾け謙虚に聞入れ、時には新たな提案をし、また社員の声を大切にしながら応える形を繰り返すうちに、結果、ここまでの広がりと土台を築き上げ、機運を育てていったというのが実情なのではないでしょうか。
障害者雇用の中で、一番肝心なことに社内での「障害」に対する理解があります。このことが上手く行かないとせっかく障害者を雇い入れても、定着は見込めません。そこで株式会社エヌ・エフ・ユーの事例から学ぶべきことを項目ごとに解説してみたいと思います。
まずはタイトルにある「障害者雇用の理解促進への取組」をクリックして目を通してみてみてください。

事業所名 タイトル 所在地/事業内容 社員数(障害者数)
株式会社エヌ・エフ・ユー 障害者雇用の理解促進への取組

愛知県半田市/福祉サービス事業、人材派遣、
業務請負事業、情報サービス事業、施設管理事業など

392名(12名)
肢体不自由3名
知的障害6名
精神障害3名

  株式会社エヌ・エフ・ユーの事例のポイント

地域に役立てる企業にしたい

経営者の会議で社の方針として組織的に障害者雇用に力を入れることが方針として確認されたことが、何より大きなことだといえる。法定雇用率の面から総務部と人事部の責任者が会議で決めたことではなく、全社的に取組むことが、肩書にも表れているように事業推進担当者の仕事への向き合い方を作ったといえる。

障害者のいる現場で担当者が体験労働

報告書に「障害のある社員が配属されている部署は、想像以上に会社に対する不信感や不満も多く、しっかり向き合って、理解してもらえる取組を進めなくてはならないことを痛感し、時間をかけて信頼関係を築いていくようにしました」とあるように、実際、事業推進担当者が現場「体験」をすることによって仕事の内容やそこで働く人たちの「気持ち」や「思い」を知ることができたことを収穫としていること。今現在における自社での障害者雇用の現状を理解することによって、どのような《あるべき姿》を描くか、まずは足元を知ることからはじめたということ。

障害者雇用をしている企業訪問

自社の障害者雇用の《あるべき姿》を模索するために、他社の視察、人材育成や障害者雇用についての考え方に耳を傾け、障害者雇用の「学び」に、足しげく通っていることが特筆にあたいする。

地域の特別支援学校や障害福祉事業所との関係を密にする

地域にある障害者就労に関わる行政機関や支援機関*を回り交流を深める中で、それまで抱いていた問題点や疑問点、不安な点を率直に尋ねられるようになり、そこで働く人の「思い」や「考え」、課題や現状を聞くことによって、自ずと解消されていったことがあげられている。

*特別支援学校愛知障害者職業センター知多地域障害者就労・生活支援センターワーク半田市相談支援センターハローワーク半田

ジョブコーチ研修への参加

企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)養成研修に参加し、自らジョブコーチの資格を得ようしたこと。当然、助成金を活用して研修に参加し、おそらく、企業在籍型ジョブコーチの存在のことを障害者就労・生活支援センターや相談支援センターから聞いて、行動に移した。
ちなみにジョブコーチの研修の内容は、①集合研修(障害者職業総合センター又は大阪障害者職業センターが実施)と②実技研修(地域障害者職業センターが実施)の2部構成からなる。集合研修は、様々な地域から受講者が集まる研修。職業リハビリテーションの理論や職場適応援助者の役割についての講義、作業指導の演習など、。実技研修は、各地域障害者職業センターが行う研修。企業での実習やケーススタディなど、地域の実情に即した内容。
社外に情報交換や相談ができる仲間ができたことは、研修参加による副産物ではあるが、外部と連絡が取りあえるチャンネルを財産としたこと。

セミナーへの参加

ハローワークなど行政機関で各種のセミナーの案内などが行われている。それらのセミナーに積極的に参加し、障害者を雇用するための知識や自身の思考をチューニングしようとする姿が窺える。

社内での障害者雇用理解のワークショップの開催

いきなり全社員とせず、現状の社内の状態認識から40名の正社員に絞り(人選は将来を見据えて)、ワークショップを開催したこと。ワークショップの内容から、各部署の責任者クラスが参加したのであろう。実習生を受け入れるという想定で、ただ仕事を切り出すことだけでなく、不可欠な「障害」や「個性」の理解、サポートや工夫などグループワークで意見を出し合い、共に働く社員の協力が自ずと必要となることが解るよう組立てられている。実習実施計画を作成し、就労体験実習の成果を振り返り、これで終わらないよう自分のことばで次につなげていけるよう工夫されている。

ワークショップの内容

第1回の「知る」は、社内における障害者雇用の現状、障害のある社員や指導者達が日頃どのように業務に従事しているか、何を考え、何を思って働いているのか、など障害のある社員も参加して共有する機会とした。

 

第2回の「本人に合った仕事を創る」では、グループワークで、自分の部署だったらどのような業務を担ってもらうか、を考える上で「本人理解」と「自身の業務(職場)理解」が欠かせないことを理解する。

 

第3回の「私も就労体験実習生の受入れができる!」は、誰でも就労体験実習生の受入れができるように、「どのようなサポートや工夫があれば、自分自身も実習生の受入れをすることができるのか」をサブテーマにグループワークを実施。

 

第4回の「本人を活かす実習計画をつくろう ~私が実習生を受入れる!~」は、就労体験実習が持つ『意味(お互いの成長)』を理解し、地域で就労を目指す障害のある3名の人にも参加してもらい、実習に至るまでのフローをそれぞれ公開で実施し、実習実施計画書の作成まで行った。

 

第5回の「苦労のしがい と 工夫のしがい」は、前回の実習実施計画が、どこまで達成できたか、実習の成果を振り返る。ワークショップの最後に、参加者全員が、「これから私ができること」という内容の1分間スピーチをし、自分自身に対するこの間の取組を振り返る機会とした。

地域の関係機関を巻き込むシンポジュウム開催

シンポジウムが自社のパブリシティになるよう地域への声掛けが行き届いており、自社の社員にとっても外部との交流の場となるよう組立てられている。意識の高い外部の障害者雇用担当者との対話に、社員の意識が自ずと障害者に向くよう期待されている。

シンポジウム会場の工夫と成果

会場の展示物などの工夫もさることながら、シンポジウムを通じて地域との連携*が顔の見える形で具体的になったこと。

*シンポジウムの開催に際しては、全11の支援機関、特別支援学校、企業の協力を得、地域の関係者との連携を促進することに繋がった。

社内報発行で障害者雇用をやわらかく伝える

全社員にむけて自社の方向性や動きが明確になるよう社内報を発行。障害者雇用が特別なことではなく、当たり前なことして目立ち過ぎぬよう表現に配慮した内容にした。

アンケートのフォローとして通信教育を履修

ワークショップのアンケートにあった社員のことば(「障害に対する知識がないことに対する自身への不安」)を無駄にせず、日本福祉大学通信教育部の科目等履修生として特定科目(障害者福祉論・就労支援サービス)を希望者に履修させている。

一日プログラムとして「働くバリアフリー研修」を開催

社内における障害者雇用についての関心が高まる中で、社会問題として広く障害者雇用を眼差すことを「働くバリアフリー研修」と題して社員に提供したこと。それも自社の現状と他の企業や障害者就労関連施設の現場を体験や視察を交えて参加者自らが比較できるようプログラム*されている。

*具体的内容としては、①社内での取組の報告、②相談支援センター相談支援専門員を講師に、地域の支援機関の紹介や企業との関わりなどの研修、③他企業の障害者雇用事例紹介と実際の働く現場を視察、④就労継続支援A型・B型事業所及び就労移行支援事業所での体験入所。

メンタルヘルス研修開催

心のヘルスとケアを自己理解と相互理解に結びつけ、障害者理解への土台づくりとした。先に挙げた「通信教育」と「働くバリアフリー研修」とこの「メンタルヘルス研修」が、全社員向けの障害者雇用の理解促進プログラムとした。

障害のある社員に当事者研究を行う

この当事者研究はメンタルヘルス研修の成果も踏まえてできた取組み。これまで障害のある社員の研修や障害者同士が意見をだし合う場すらなかった。自己理解から他者理解への回路ができる。

ビジネスマナー研修の開催

障害者と一緒に働く社員が、身だしなみ等についてどう注意していいかわからず、困っていたところにビジネスマナー研修を行ったこと。結果、障害者自身のスキルアップにつながり、環境改善でお互い注意し合える関係ができた。

採用フロー

障害者雇用のモデルとして他社にとって参考となる。職場定着を図るため、採用に至るまでにどれだけの問題や課題を抽出し、それを具体的に改善していけるか、働く社員の負担や不安を少なくし、共に働く見通しにつながる。また就労に向けた準備期間が取れることで、過度の精神的な不安を少しでも和らげることにつながる。このフローを行った結果、「採用前のアセスメントは、受入れる側の代表者だけでなく、共に働く社員も一緒に、支援機関とともに実施できることが望ましく思う」と指摘している。以下は、採用フローで行ったこと。

①事前アセスメント【実施計画作成】実習生に対して

*支援機関から情報提供

*本人の意向とヤル気の確認

*特性理解と配慮事項の確認

*想定する実習先部署の見学

・想定できる業務内容の確認・職場環境の確認

<実習先部署に対して>

*本人に了承を得られた部分に関して情報共有

*自身の業務内容と業務フローの見直し

*職場環境の見直し

*業務のマニュアル化

②就労体験/職場実習/委託訓練

*業務指導の担当者を決める

*実施計画に基づいて進めるが、状況に応じて臨機応変に対応

*配慮事項の整合性の確認

*日々業務終了時に振返りの時間を設け、次につなげるようにする

*定期的に支援機関の支援員の方に訪問いただき、状況を共有し、必要に応じてアドバイスをもらう

*必要な配慮以外の特別な対応はしない

*最終日は支援機関の支援員も含めた振返りを行う (振返りシートの活用)

③採用

<採用対象者に対して>

*本人の意思で就労を望むのかを確認する

*主治医の意見をもらう

*産業医の意見をもらう

*就労条件の詳細について確認

<社内に対して>

*配属先部署の社員から実習を通したヒアリング

*体制等の確認*助成金やジョブコーチ等、社会資源の確認

<支援機関に対して>

*定着支援の連携について確認

*ご家族との連携について確認

④定着

<新規採用者に対して>

*業務日報の作成*定期面談の実施(社内、支援機関)

*必要に応じて、主治医および産業医との面談*研修等の実施

<配属先部署に対して>

*指導担当者からの定期的ヒアリング

*配慮事項に準じた職場環境の改善

  株式会社エヌ・エフ・ユー ソーシャルビジネス推進課長 酒井和希氏のまとめ

酒井氏のことばに耳傾けてみると、障害者雇用で気づいたことを3点あげている。

①障害者雇用を思い立ったら…

障害者を雇用しよう(したい)となったとき、「誰に」、「何を」、「どのように」相談したら良いのか、という悩みに突き当たる。されど、何のつながりもない状態では、職業センターやハローワークなどの行政機関や支援機関での相談はとても敷居が高く、仕組みなどが複雑に思われ、躊躇してしまう。しかし、躊躇していても何も始まらないので一歩踏み出せば、必然とどこかにつながり、何かが始まる。

②「障害者のために」という間違い

「障害者のために」という考え方が間違っていることにいつしか気が付くようになった。また、障害のある社員が業務の遂行が可能となるためには、障害のある社員のスキルをどうやって上げれば良いのか、ではなく、誰もが働きやすい職場を目指せば、それは障害のある社員にとっても働きやすい職場につながるということが理解できるようになった。障害の有無にかかわらず、社員一人ひとりが自分のことをどれだけ自己理解し、相手のことをどれだけ相互に理解しようとするかで、企業が抱える人材育成は大きく飛躍する。

③障害者雇用を超えて

障害者雇用というと「障害者のために」という視点で捉えがちだが、実はそれは障害の有無に限ったことばかりではなく、誰にでも得手不得手があり、それを補いながら最大のパフォーマンスにつなげることが、組織力の向上にも大きくつながると、様々な取組をとおして実感した。