障害者へのカウンセリング(相談)

  はじめに

「カウンセリング(相談)」は、「入職時」「入職後数年経過時点」「生活上の大変化が発生などの転機」「退職」など障害者雇用管理におけるどのようなタイミングにおける支援でも、またそれぞれのタイミングにおける様々な目的(状況把握、情報提供、提案)でも、活用することのできる技術です。カウンセリングは汎用性のある重要な支援技術であると言えます。そこで、本節では相談活動を行う上での基本的な心がけ、具体的な相談技法、障害特性に配慮した相談の進め方について説明します。
なお、本節では相談活動については、文章の前後関係により「カウンセリング」あるいは「相談」、カウンセリングを実施する人を「相談員」、カウンセリングを自ら申し込んできたり、あるいは職場側から相談の対象としてすくい上げる人(障害のある職員の場合が多いと思われますが、場合によっては他部署の障害のない人へ障害者との接し方に関する相談などを行う場合もあるかもしれません)を「クライエント」と呼ぶこととします。 

  相談員が意識しておくべき大前提 ~信頼関係の構築~

カウンセリングの定義から考える

まず、相談を行う上での相談員が意識しておくべき前提について挙げてみます。相談開始(受理相談)時にクライエントは2つの不安を持っているということが言われます。それは、相談
内容についての不安と、相談をすること自体への不安です。

図1 相談開始(受理相談)時におけるクライエントの2つの不安

不安1:相談内容についての不安
    相談の進(しん)捗(ちょく)により解決を図っていく中で軽減・解消
不安2:相談をすること自体への不安
不安1を解消するための前提として、軽減する必要性がある⇒そのためには信頼関係の構築が重要

この2つの不安のうち、前者については相談員とクライエントが一緒にこれから取り組んでいくことになるので相談の進捗(相談を重ねていったり、教育・訓練を進めていったり、あるいは環境調整を行っていったりすること)により問題解決を図っていく中で軽減・解消していくものです。
この相談内容の本丸とも言える前者の不安を解消するための前提として、後者の相談すること自体への不安を軽減させていき、信頼関係を築いていくことが相談を始めるにあたって重要となります。特に、障害者職業生活相談員が相談を受ける対象には、自発的に相談を申し込んでくる人の場合だけでなく、当人は相談の必要を感じていないものの(呼び出すなどして)相談を行わざるを得ない人の場合もあることが考えられます。後者の場合、特に相談をすることへの不安、あるいは不満を感じていることがあります。

このような相談をすることへの不安・不満を解消していくためには、信頼関係の構築が重要となります。信頼関係を構築する具体的な方法としては、第4項で示す「物理的環境設定」「基本的関わり技法」等がありますが、ここではさらにソーシャルワーク(社会福祉)分野において対人援助職が信頼関係を構築する上での原則となる、バイステックの示した7原則を提示しておきます。

(図2 バイステックの7原則)→
ここでは、「2.クライエントの感情表現を大切にする」「5.クライエントを一方的に非難しない」といった相談中の心がけが示されているほか、「6.自己決定の尊重」「7.秘密保持の重要性」といったさらに支援を行う上で前提となる原則についても示されています。

 

バイステックの7原則
1. クライエントを個人として捉える
2. クライエントの感情表現を大切にする
3. 援助者は自分の感情を自覚して吟味する
4. 受け止める
5. クライエントを一方的に非難しない
6. クライエントの自己決定を促して尊重する
7. 秘密を保持して信頼感を醸成する

⑴ 相談員とクライエントとの間で「意味」が共有されているか

カウンセリングとは「言語的および非言語的コミュニケーションを通して行動の変容を試みる人間関係」と定義されています。この定義に含まれる「コミュニケーション」とは何でしょうか。「コミュニケーション」とは、原義的には「送り手と受け手の双方が同じ規則に基づく記号操作を行い、互いに意味を共有し了解しあうこと」を意味するとされています。つまり、言葉なりジェスチャーなりその他の方法でメッセージを伝えあうのがコミュニケーションですが、そのようなメッセージが何を意味するのかメッセージの送り手と受け手が共通に認識できることがコミュニケーションの成立には必要だということです。この、相談員とクライエントとで意味が共有されるよう留意することは、特に知的障害・精神障害など認知的能力に制約のある人との相談では重要でしょう。相談員の発した言葉がクライエントに相談員の意図した意味で共有されているのかどうか、その都度留意する必要があります。またこのような意味の共有の問題は、クライエントがその言葉を正確に理解している・していないということに限るものではありません。人は、辞書で定義されている内容以上の意味を込めて言葉を用いることがあります。
例えば、「おはようございます」という挨拶を取り上げてみます。通常「おはようございます」は朝の時間帯に交わす挨拶であり、「合言葉」のようにこの挨拶が交わされることもあるでしょう。しかしながら、単なる合言葉ではなく、この挨拶言葉を発する際に発話者は相手の身体・心理的状態(今日も元気だろうか?)を確認するという気持ちが含まれていたり、また、遅刻している相手に挨拶をする場合には「なぜ遅刻したの(非難)?」、昨晩の居酒屋のことを思い出して「昨日の飲み会はお疲れ様でした」、といった気持ちを込めることもあるでしょう。つまり、交わされる状況、コミュニケーションの参加者によって、言葉に意味が付加されることもあると言えます。同じ言葉であっても、状況(会話の行われる文脈)によって意味するところは違う可能性があるのです。相談ではこのような言外の意味にスポットを当てることや、言葉と言外の意味のギャップにスポットを当てることもあります。相談員は、クライエントの発する言葉がどのような意味でつかわれているのか、このようなことにも相談員は気を配る必要があります。

⑵ 言語表現だけでなく非言語的表現にも着目する

日々のコミュニケーションというと、会話や電話、メールなど「言語」によるやり取りがまず想起されるかもしれません。しかしながら、「メラビアンの法則」で示されているように、コミュニケーションで大きな影響力を持っているのは、言語の内容以上に、言語的コミュニケーションに加えて、非言語的コミュニケーションの影響が大きいことが示されています。つまり、カウンセリングを行う上で相談員にとってもクライエントにとっても、言語的な内容に加え、表情や口調、さらには身振り・手振りといった身体的表現が重要な要素であることが指摘されています。

心理学者メラビアンは、好意や反感を伝える実験において、言葉の内容、声の調子、身振りなどをメッセージの送り手に操作させ、どの程度メッセージの受け手に好意や反感が伝わるのかを検証しました。結果として、言葉の内容の影響力:7%、声の調子や話し方などの影響力:38%、身振りや表情などの影響力:55%でした。

⑶ 相談員自身の思考・感情・行動の癖を把握しておく(自己覚知)

相談を行うにあたって、相談員自身の考え方や行動の癖についても、自覚しておく必要があります。たとえば、「女性というものは…」「この位の年齢の人は…」「○○障害の人は…」といったステレオタイプ的な観念は持っていないでしょうか? また、自らのこれまでの人生上の経験から(例:自分の生まれ育った家族内での父親との葛藤)、類似した状況にある相手に対し、特に肩入れをしたり、逆に反感を抱いてしまう、ということはないか。もちろん、こうしたステレオタイプ的な観念や無意識から湧き上がる感情を完全になくすことは難しいです。それでも、相談においてこのような観念を無自覚のまま抱いていることで、クライエントとの関係構築がうまくいかなくなる可能性があります。
自己覚知とは「援助者が自己の価値観や感情などについて理解しておくこと」であり、「援助者に共通して求められるもの」とされています。普段の自分の発言等行動などを振り返る、周囲の人からフィードバックを得るなどをして、自分自身の考え方や行動の傾向に自覚的であるようにしたいものです。

具体的技術

それでは、具体的にはどのように相談をするとよいのでしょうか。相談には、相談室など相談専用のスペースで相談を行う場合と、たまたま職場内等で出会ったときに「最近どう?」などと会話を交わす中で相談的な内容に進む場合とがあります。ここでは前者の場合を想定して、その具体的な技術や留意点を示していきます。

⑴ 物理的環境設定

相談は人間と人間との関係性の中で行われるものですが、相談員がきちんと対応しさえすれば物理的な環境はどのようなものであってもよい、というわけではありません。まず、秘密が守られるとクライエントが感じられる場所である必要があります。相談専用の部屋があることが望ましいのですが、なかなかそのようなスペースがない場合、パーティションで部屋を区切る、人がいないような時間帯を選んで相談を受ける、といった工夫が必要になります。
また、相談の際の座り方を一考する必要があります。まず、相談員とクライエントの物理的な距離の問題です。特に何cm程度にしなければならないという決まりはありませんが、お互いが圧迫感を感ずるほど近すぎず、かといって遠すぎない距離が望ましいでしょう。
次にクライエントと相談員の座り方についても、考えてみましょう。テーブルなどを利用して相談を行う場合、座り方には何種類かあります。相談員とクライエントは相対し、相談を進めます。ただし、クライエントによっては相談員と正面に向かい合うことや、また視線が合いやすくなることで圧迫感を感じる人もいるかもしれません。場合によっては、90度の位置で相談を行うという方がよいかもしれません。また横に座り相談を行うという方法もあります。この場合、相手の顔
がお互いに見にくくなりますが、視線が合いにくくなりますので、最も圧迫感を感じにくくなるかもしれません。

⑵ マイクロカウンセリングの基本的な関わり技法

それでは、相談場面における具体的な相談員の応答の技法に焦点をあてていきましょう。アレン・アイビイという研究者は、カウンセリングの流派には様々なものがある中で、各流派に共通して求められるカウンセリングの応答技法について、「マイクロカウンセリング」としてまとめ、カウンセリング技術を学ぼうとする人のために、カウンセリング技術の習得の手順についても提唱しています。ここでは、基本的な技術から順に紹介していきます。
いずれの技法も、「話をよく聞いてもらっている」という印象をクライエントに与える役割を持ち、信頼関係の構築や、クライエントの自己理解の促進にも有効な技法です。表1に各技法の概要を示します。なお、どんな内容や流れ・ペースであったとしても、特に初心者のうちは下記に示す基本的な技法を意識的に用いるとよいでしょう。

表1 マイクロカウンセリングにおける基本的な関わり技法

技法名 内容 具体例
①基本的関わり行動 非言語的なコミュニケーションを相談にふさわしいものにする。

・視線を適切に合わせる
・相談にふさわしい姿勢・表情・身振りをする
・相談にふさわしい口調で対応する
・相槌を適切なタイミングで行う(はい」
「えぇ」「なるほど」「そうなんですね」)

②-1繰り返し クライエントの発言を相談員がそのまま繰り返す。 ク:「○○ということで困っているんです…」
相:「○○でお困りなんですね」「○○で困っている……」
②-2要約 クライエントの発言・説明を簡潔にまとめ、確認をする。 「あなたが言いたいのは○○ということですね。」
③-1開かれた質問 答え手が自由に応答することができ回答が長くなり内容も様々なものとなりうる質問(英語で言えばwhatやhowで始まるような質問) 「○○とはどういうことですか?」
「□□はどうなっているのですか?」
③-2閉ざされた質問 短めで、一定の範囲内に収まる回答となる質問 「何時に帰ったのですか?」(⇒○時です)
「○○は△△だということですか?」(⇒はいorいいえ)
④感情の反映 クライエントの発言の感情的な要素に焦点を当てて相談員が指摘し、共感・受容すること。 「つらいと感じているのですね。」
「不安な一方で、チャレンジしたい気持ちもあるんですね。」

① 基本的関わり行動(視線、姿勢・表情・身振り、口調、相槌など)

基本的関わり行動は特に非言語的コミュニケーションに関するものと言えます。
相談員の顔の向きや視線に関してですが、顔をクライエントに向けることで、「きちんと話を聞いてもらっている」という印象を与えることにもつながります。また、相談員は相談を行う際、クライエントの感情や考えを把握するために表情をよく見る必要があります。そのために、相談員の視線は原則的に相手(クライエント)の目に向ける方がよいでしょう。ただし、凝視すると圧迫感を与えることにつながりますので、適宜視線を外してもよいでしょう。欧米文化と日本を含むアジアの文化では視線についての捉えられ方は異なりますが、やはりある程度は視線をクライエントに合わせることは必要だと思われます。なお、視線を合わせることに抵抗感がある場合、相手の口元やネクタイなどの頭部の下を見てもよいでしょう。
クライエントに自発的に話をしてもらう上で、聞き手である相談員が相槌を打つこともとても重要なことです。相手の話のペースに合わせながら、また基本的には相手の話の流れを妨害しないように、相槌を打つようにしましょう。相槌を打つ際に何種類かバリエーションがあるとよいでしょう。
口調や身振り・手振り、姿勢も、非言語的なコミュニケーションの要素として重要なものです。相手の話の内容に合わせて口調を変える、相槌を打つ際にうなずく動作をする、また相手の話に身を乗り出すようにする(相手に対し少し前傾する)といったことも、クライエントに話をしてもらうためには必要でしょう。

② 繰り返し、要約

これらの技法はクライエントの自発的な話を促し、クライエントに自分自身の気持ちに気づいてもらうためのものです。「繰り返し」を行うことで、話を聞いてもらっているという印象を持ってもらうことに加え、クライエントが自分の考えや感情を改めて認識する機会を与えること、以上のことからもっと話をしようという意欲を抱かせるということにつながると考えられます。なお、この「繰り返し」はやりすぎると、かえって話を聞いていない印象を与えることにつながってしまうことや、また相手の発言のどの部分を繰り返すのか(なるべく相手が重要だと感じていると思われることのほうがよい)について留意する必要があります。
「要約」は「繰り返し」と似ている機能がありますが、「繰り返し」がクライエントの発言の一部をそのまま繰り返すのに対し、「要約」は相談員が聴いたことを相談員なりにまとめて確認をするという点が異なります。
この「要約」も、クライエントの話を整理し、クライエント自身に話について再認識してもらうこと、また相談員が理解したことについて確認し、次の話に進めていく、という役割があります。相談を求める人の中には、問題が複雑に絡み合い、混乱している場合もあります。相談員が相談中、要所要所で要約をすることで、解決には至らないものの、少し頭の中が整理されるというクライエントもいることでしょう。

③ 開かれた質問、閉ざされた質問

クライエントの話をさらに探る必要があり、質問をする必要がある場合もあるでしょう。質問には「開かれた質問」と「閉ざされた質問」とがあります。
一般的には、開かれた質問の方がクライエントにとっては自由に話すことができるため、多めに使用した方がよい、とされています。ただし知的障害や精神障害のある人にとっては、開かれた質問ばかりではどう答えたらいいのか分からなくなり困惑したり、混乱したりすることも少なからずあると思われます。もちろん、閉ざされた質問ばかりも、「取り調べ」や誘導尋問のようになってしまうこともあるので、望ましくはありません。クライエントの認知的な能力や、話の内容などを勘案しながら、開かれた質問と閉ざされた質問とのバランスを取っていくことが必要でしょう。
なお、開かれた質問のうち、特に「なぜ~?」とある行為などの理由を相談員がクライエントに聞きたくなることもあるでしょう。この「なぜ」の質問もあまりに多用するのは望ましくないとされています。クライエントに限らず一般的に人は、自分の行動の理由を全てわかっているわけではありません。また、「なぜ〇○した(○○しなかった)?」という問いかけを多くしてしまうと、「責められている」と感じることもあります。「なぜ」の質問は使ってはいけないということではないのですが、その使用方法には留意が必要です。

④ 感情の反映

相談場面でのクライエントの発言の中には、不安、怒り、悲しみなどのネガティブな感情的な要素が含まれていることが多いです。また、単純に一つの感情だけではなく、関心がある反面不安もあるといった、複数の感情が含まれていることも少なくありません。このようなクライエントの感情について相談員が確認しフィードバックしていくことは重要です。
相談を進めようとすると、その内容・事実の確認に相談員は焦点を当てがちです。相談内容の確認も確かに重要なのですが、最終的にはクライエントの意思を探り、決定していくことが重要です。感情の反映をすることは、共感をすることになりますので信頼関係の構築が促進されます。また、その感情が言語化されることで、クライエントの感情が外在化され、自分の感情を客観的に捉えることにつながります。例えば、モヤモヤした気持ちが「悲しんでいる」「怒り」というネーミングを与えられることで明確化され、クライエントから再認識されることになります。
さらに、その感情に関連する思考などを掘り下げることにもつながり、自己理解を進めることにもつながります。以上のことから、相談の内容・事実確認だけにとらわれず、感情にも十分に焦点を当てて、クライエントの感じ方・見方を尊重した相談を行っていくとよいでしょう。

⑤ その他の相談技術

ここまで紹介した技術は基本的なものであり、これ以外にも様々な技術があります。ここでは、「解決志向アプローチ」というカウンセリングの一派で用いられる技術の一部を紹介します。いずれも、問題の解決に向けて、クライエントのモチベーションを高めること等を目的としています。
・スケーリングクエスチョン(これまでの経験内容や今後の見通しなどについて数値に置き換え評価してもらう質問。例:「最高の時を10点、最低の時を0点としたら、今は何点くらいでしょうか?」→「3点くらいです」→「0点ではないんですね。よくないけれど3点ではあるという理由は?」「もう1点上げるにはどうなるといいのでしょうか?」)
・例外探し(クライエントにとっての「例外」を引き出す質問。例:「そのような問題が起きていない時というのはどんな時でしたか?」)
・コーピング・クエスチョン(今までの困難な状況をどのように乗り越えてきたのかを尋ねる質問。例:「そんな大変なこれまでの状況で、どうやって乗り切ってきたのですか」)

⑶ 複数回に渡る相談全体の組み立て・見通し

障害者職業生活相談員の場合、職場の障害者であるクライエントへの心理的なカウンセリングを行うだけでなく、具体的な問題解決を図るという役割が期待されています。つまり、クライエント本人とその職場・生活環境の双方に具体的に働きかけることが求められています。そして、そのためには、どのような方向に進めるのか、クライエントとともに検討し、問題解決を図っていくことが重要です。
ところで國分は、カウンセリングの全体の手順(構造)について、①リレーションをつくる(面接初期)、②問題の核心・本質をつかむ(面接中期)、③適切な処置をする・問題を解決する(面接後期)と示しています。つまり、問題解決の前に、関係性の構築や問題の吟味の重要性が指摘されています。
問題の解決を急いでしまうことで、クライエント本人の気持ちがなかなか追いつかず、相談員側の解決策の提案に対しても気持ちが乗ってこない、信頼関係が崩れてしまう、などのリスクもありますので、「この1回の相談で方向性を絶対に見出す」などといった切迫感を持たずに、相談に臨んでいくことが重要だということが言えます。

⑷ 相談の記録

相談をしたら、原則的には記録を付けておく方がよいでしょう。特に多くの人と相談をする場合、相談員側の記憶は曖昧になっていきます。そのため、クライエントごとにファイルを用意するなどして記録を作成しておくとよいでしょう。その際、どこまで詳細に記録をつけるのか、また、組織内でどこまでその記録を共有化するのか、これらの記録をどのように保管し外部流出を防ぐか(守秘義務)などを決めておく必要があるでしょう。

認知的能力に配慮した相談の進め方

相談の対象は認知的能力に制約のない人ばかりではなく、職場によっては知的障害や精神障害など認知的な障害のある職員を対象とした相談を重点的に行わなければならない場合もあることと思います。そこで、認知的な能力に制約のあるクライエントに対して相談を行う際の留意点をいくつか以下に示します。

⑴ 意味が通じているか常に意識しよう

コミュニケーションが成立することの重要性を先述しましたが、繰り返しになりますが、相談員とクライエントとの間で言葉の意味の共通理解ができているか、常に意識することの重要性は強調しておきたいと思います。以下の項目も、まとめると意味の共通理解を図るということに尽きるものです。

⑵ 代名詞(コレ、アレ、ソレ等)の使用に留意

知的障害など認知的能力に制約がある人と相談を行う場合、クライエントと相談員とで意味を共有することに特に留意する必要があります。特に、ちょっとしたことで意味の共有が妨げられる場合があり、相談員側が軽い気持ちで「これ」「あれ」「それ」などの代名詞を使って発言して、実際には意味があまり通じていないという場合があります。代名詞ではなく、具体的に事物を特定して話をしていく方が望ましいといえます。

⑶ 黙従傾向に留意

黙従傾向とは、よく分からない質問などに対し、意味をよく考えずに「はい」「そうです」と回答してしまう行動傾向のことを言います。知的障害の方などにこのような傾向が見受けられ、本人の意思を尊重した相談が結果として十分に行われない可能性があります。クライエントの意思を尊重するためには、この黙従傾向にも留意する必要がある場合があります。そのような場合、例えばあえて本人の意思と違うと考えられる質問を投げかけるなどして「違います」と否定してもらう、繰り返し尋ねるなどの工夫が必要でしょう。

⑷ 新近性効果に留意

「どう思いますか」「どうしたいのですか」といった開かれた質問ではなかなか意思の確認が難しいクライエントに対しては、「Aにしますか? Bにしますか? Cにしますか?」というように選択肢をいくつか提示して相談を進める場合があります。その際留意したいのが新近性効果です。新近性効果とは、複数の選択肢を提示した場合、最後に提示された(=時間的に最も近く新しい)選択肢を選んでしまうということを指します(先述した例でいえばCを選んでしまう)。クライエントによっては、冒頭に提示された選択肢をなかなか覚えておくことが難しく、一番後に提示されたものを選んでしまうということがあるのです。そのため、先述した繰り返し確認するということと共通しますが、選択肢から選んでもらって意思を確認するという場合、選択肢の順番を何度か変えてクライエントに伝え、選んでもらうということが必要な場合があります。

⑸ 音声言語のみでなく視覚的補助を用いる

クライエントのなかには、音声言語だけではなかなか相談内容を覚えておくことが難しく、また自分でメモを取ることも難しい人もいるはずです。そのような場合、話し合った内容などについて、相談員がメモを作り渡すということが有効かつ必要な場合があります。また、そもそも話の内容の理解を促すためも、音声だけより図があった方がよいということもあるでしょう。話をしながら紙に図解をする、ホワイトボードを活用しながら相談をするという工夫の仕方もあります。クライエントの状況を見ながら(もちろん中には必要のない人もいます)、視覚的補助を導入していくことをお勧めします。なお、障害の有無にかかわらず、紙などを用いながら相談を行うことで、問題となっている状況をより客観的に把握できるという効果も見込めます。

オンラインを利用した相談

2020年に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、働き方を含む人々の生活を一変させました。そして、様々な活動においてオンライン技術がこれまで以上に活用されるようになっています。このことは障害者職業生活相談員の活動方法にも影響を与えていると考えられます。そこでここでは、オンラインでの相談について、触れておきたいと思います。オンラインでの相談の形態には様々なものがありますが、主な形態として、メールでのやり取り、Line等のチャットでのやり取り、ZoomやSkype等によるマイクやカメラを用いた同時双方向的なやり取り(ビデオ通話)が挙げられるでしょう。
オンラインであっても、これまで述べてきた相談技術が基本とはなります。ただし、相談の進め方については先述したようにメールやビデオ通話といった形態によって影響を受けることになります。それぞれの形態ごとの留意事項を以下の表にまとめました。
オンラインを利用した相談には、通常の対面形式での相談に比べて、利点もあれば留意点もあります。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への配慮が求められる生活の中で、その特徴・限界を理解したうえでうまく活用していくことが求められます。

表2 オンライン相談の形態ごとの特徴・留意事項

メールでの相談 Line等のチャットによる相談 zoomやskype等での
ビデオ通話による相談

・相談員・クライエントともに返信に時間がかかることもある。
・長文になりすぎないようにする必要がある。
・メールが長文であったり、表現に情緒的なニュアンスが伝わりにくいことで、誤解が生じる場合がある。
・通信内容は暗号化されておらず送信ミスも生じる可能性があり、第三者に漏洩するリスクがある。

・メールと同様に文字を中心としたコミュニケーションに加え、絵文字・スタンプといった機能がある。
・相手のスタイルやテンポ、文章量に合わせ、共感的・支持的なメッセージをはっきりと言葉やその他のツールで伝える必要がある。
・必要に応じて絵文字・スタンプを使用する。
・行き違いやタイムラグに対応する必要がある。
・感情の反映に加え、対話をリードする質問が有用となる。

・機材の有無・整備状況について確認する必要がある(webカメラ、ヘッドセットマイクなど)。
・インターネット接続のセキュリティ面での確認が必要である。
・相談に適した環境かどうか双方とも確認する必要がある(通信状態、映像の画質、明るさ、音声(音漏れ)、大きさ)。
・明瞭に話し、相槌やうなずきをきちんと行い、傾聴していることがより明確に伝わるようにする。

  おわりに ―相談員が一人で抱え込まないことの重要性—

以上、相談員がカウンセリングを行う際の基本的な技術について説明してきました。このようにクライエントへカウンセリングを行うには、技術も重要ですが、相談員のメンタルヘルスの維持も重要です。相談員が主にカウンセリングを行うという体制であっても、カウンセリング場面で扱われた問題にチームで取り組んでいくことが必要かつ有効である場合が少なくありません。守秘義務とのバランスに留意しつつ、相談を受けた相談員が一人で抱え込まないですむ職場の体制を作っていくことが重要となります。
〔若林 功氏(常磐大学, 人間科学部, 准教授)の文章を参考にさせていただいた〕





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