マラケシュ条約について

第198回国会において「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律」(読書バリアフリー法)が成立し、2019年(令和元年)6月28日に施行されました。マラケシュ条約は、読書バリアフリー法のもととなった条約です。ここでは、読書バリアフリー法をより深く理解するための歴史的背景としてマラケシュ条約を説明します。
マラケシュ条約は、2013年6月27日に採択された著作権などに関する国際条約です。正式名称は「盲人、視覚障害者その他の印刷物の判読に障害のある者が発行された著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約」と言います。視覚障害者のために著作物の利用機会を促進することを目的に作られました。

 マラケシュ条約の内容

マラケシュ条約とは、視覚障害者の障害が理由で本を読む機会が制限されないよう環境を整えるために締結されたものです。世界盲人連合(WBU=World Blind Union)によると、出版される書籍のうち視覚障害者の方に必要な点字、録画図書、アクセシブルな電子書籍などの形式で利用できるものは、途上国において1%以下、先進国でも7%ほどにすぎません。障害に対応した書籍がなく、多くの読書の機会を奪われているこのような状況を「書籍飢餓」と名付けられています。マラケシュ条約はこの「書籍飢餓」を解消し、障害のある人の書籍利用機会の促進を目指すものです。

《特徴的な条項》
〇〔第4条〕視覚障害者等が著作物を利用する機会を促進するため、各国の著作権法において、視覚障害者のために利用しやすい様式の複製物(点字図書、音声読み上げ図書等)に関する著作物の制限は例外を規定する
〇〔第5条〕各国の権限を与えられた機関(点字図書館等)が作成された利用しやすい様式の複製物を国境を超えて交換することを可能とする
〇〔第9条〕権限を与えられた機関間の情報交換や支援を通じて作成された利用しやすい様式の複製物の国境を越える交換を促進するための協力を行う

 マラケシュ条約締結の背景

マラケシュ条約の背景には、視覚障害やその他の理由で通常の書籍が読めない方が利用できる様式の書籍が、一般市場では、手に取ることができないという状況があります。その理由は、出版会社にとって点字や音声による書籍の販売は、ビジネスとしての利益性が低いということがあげられます。また、点字図書館などが製作した図書についても、国内の著作権制限に基づき製作されているため、国外に流通させることができませんでした。そこで、視覚障害者等のために著作権制限・例外の規定のもとアクセシブルな図書を製作できること、そしてそれらアクセシブルな図書が国境を超えて共有できるようになることにあります。これら2つのことを実現するために国際的な枠組みとしてマラケシュ条約が締結されました。

 マラケシュ条約の歴史

マラケシュ条約案の交渉が開始されたのは、2009年のことでした。条約案を交渉したのは、「知的所有権のサービス、政策、情報、協力のためのグローバルなフォーラム」である国連の専門機関、世界知的所有権機関(WIPO= World Intellectual Property Organization)でした。「マラケシュ条約」という名称は、この交渉が2013年6月27日にモロッコのマラケシュにおいて採択されたことから来ています。なお、条約の効力が発生したのは採択から3年後の2016年9月30日です。
なお、日本では2018年4月25日の国会にてマラケシュ条約が承認され、同年10月1日に世界知的所有権機関の事務局省へ加入書を寄託しました。マラケシュ条約の規定に従い、2019年1月1日に日本においてマラケシュ条約の効力が発生しました。
2021年3月末時点では、マラケシュ条約を締結しているのは、世界79ヶ国です。

 マラケシュ条約で何が変わるか

マラケシュ条約を締結すると視覚障害者等のために著作権保護に例外が生まれます。本来であれば、書籍の複製は各国の著作権法に違反しますが、マラケシュ条約を締結していることで、各国の著作権保護に例外が生まれ、点字図書や音声読み上げ図書などの視覚障害者が利用しやすい様式の複製物が作成しやすくなります。

 国を超えた書籍の交換が可能になる

1冊の本を点字化するには、膨大な時間と労力が掛かります。通常の書籍を読めない方が利用できる書籍を作成するには、時間もコストも発生し、それだけ書籍に触れる機会が損失していることになります。しかしマラケシュ条約により、点字図書館等の権限を与えられた機関が作成した書籍であれば、国境を超えた複製物の交換が可能となります。つまり、マラケシュ条約を締結しているいずれかの国が書籍を作成すれば、締結国内でその複製物を広く流通させることができるのです。そうすることで視覚障害者等が利用しやすい様式の書籍作成が効率化され、多くの書籍を利用することができるようになります。

 条約のこれから

マラケシュ条約の意義は、視覚障害やその他理由で通常書籍が読めない人の書籍利用機会を促進することにあります。しかしマラケシュ条約が採択されたとしても、多くの国がマラケシュ条約を締結し、利用しやすい様式の書籍作成・複製・交換を実践していかなければ、視覚障害者たちの「書籍飢餓」の状況が変わることはありません。そのため今後は、マラケシュ条約の締結国を増やすこと、そして最終的に書籍不足を解消するため出版社がアクセシブルな書籍を出版することが求められます。なお、日本においては2010年から国内著作権法第37条により、出版社や著作者の許可なしに書籍をアクセシブルな様式にすることが可能となりました。しかし国内書籍のアクセシブル化だけでなく、よりグローバルな観点から視覚障害のある方が広く書籍に触れる機会提供のシステム作りが必要となります。

 最後に……

書籍から知識や娯楽を得る権利は、誰しも平等に持つものです。しかし、視覚障害やその他の理由で通常の書籍が読めない方も多く、その人たちのための書籍は広く流通しているわけではありません。この格差を解消すべく、著作権の制限・例外を認め、国境を超えてアクセシブルな書籍の流通を可能にするために、これからもマラケシュ条約の意義は増々注目されることでしょう。

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